この冬、故郷にて

ポエトリー:

「この冬、故郷にて」

 

この冬、故郷で災害があった
海からほど近いその町には幾つかの川がある
そのうちの一つに海から一メートル四方ほどの大きな石が大量に運ばれてきた
市境の橋が壊され、一人が亡くなった
私が子供の頃に何度も渡った橋だった

久しぶりに故郷へ帰った私はそこへ行ってみることにした
石は廃棄されずに一か所に集められていた
そこは川沿いの食品工場の広い駐車場だった
一方の角へ目をやると白っぽい石がひとつだけ、
その上にちょっとした敷物と簡単な囲いが用意され、コップと菓子が供えられていた
供養しているということだろうか

ほどなく食品工場から昼休憩を告げる控えめなサイレンが鳴った
とすぐ工場から若い女性がこちらに向かって歩いてきた
女性は私の横を通り過ぎ、白い石の祭壇の前で手を合わせコップの水を入れ替えた
どうやら今日は彼女の当番らしい

工場からもパラパラと人が現れてきた
そこに見覚えのある顔がいた
驚いた、あいつじゃないか
久しく会っていなかった、いろいろあって次第に私たちの元から離れていった友人
こんなところで働いていたのか

向うも私に気が付いたようだ
彼はあきらめたのか私に方に向かってゆっくりと歩いてくる
こけていた頬も幾分ふっくらとして顔つきが穏やかになっている
安心と少しの緊張で私は彼を迎えた

災害で亡くなったのはここの従業員、彼らの仲間だった
工場の再開後、彼らは亡くなった仲間を悼んで駐車場の一角に白い石で簡単な慰霊碑を立てた
仕事がある日は毎日順番にコップの水を入れ替え、時には家から持参のお菓子などを供えるのだと言う

私たちは色々な話をした
昔と同じに私が尋ねて彼が答えるといった具合に
昼休憩も終わり近くなり彼は工場へ戻っていった
昔と同じに一度も振り返ることなく

待ち構えていたように、私はさっきの女性に声を掛けられた
彼女は彼の色々を知っている様子だった
彼はそういうことを他人に言わない人だったが、そこに時の流れを感じ、同時に彼女はもうそういう人なのだと理解した
彼女は私に彼のケツを叩いて欲しいようだ
その様子に、十分あなたがひっぱたいているだろうにと思ったが、彼女には物足りないらしい
彼女はもうそういう覚悟なのだ

次の私たち友人同士の集まりに彼は来るだろうか
分からない
けれどそれでも構わない
来てくれたら嬉しいし皆も喜ぶだろうが、来なくてもそれはそれでいい
人には人の人生があるのだから

 

2025年2月

よいこと

ポエトリー:

「よいこと」

 

離れていても
これだけ知り合えるのに
わたしたちは無理を承知で
つながりたがる

気にするな、
誰であれ
ひと一人を知るのは遠い
ましてわたし自身でさえ

世界のつながりの中へ
わたしたちは足を掛けている
夜毎、一人ごとのように

足しても増えぬ不確かさが
順繰りにわたしを覆うことがあってもわたしは乗り気にならなかった
それはよいことだった

 

2025年3月

リビングにて

ポエトリー:

「リビングにて」

 

自在にゆれる肩掛けの光は
レースのカーテンのせいで
それをまとう女のせいで
しどけない日曜

時間にたゆたう女を見るのに飽きたら
ぼくはおとなしく、
ふたりぶんのコーヒーカップをゆすいだ

しまらない話も
きみがいれば高みにのぼる
ぼくももう少しちゃんと
死んだようにねむれたら

そんなふうにして
今日が過ぎ去る
ただのヒューマンとして

 

2025年1月

ぼくは生まれる

ポエトリー:

「ぼくは生まれる」

 

ぼくは生まれる
ぼくに似合うにんげんは
今のところママとパパとおねえちゃんだけだけど
明日にはおばあちゃんとおじいちゃんが来て
ぼくに似合うにんげんがふえる

家に帰ればコロや近所のひとも似合うにんげんになる
コロは犬だから似合うにんげんというのとはちがうんじゃないというかもしれないが似合うということで言えば似合うにんげんでもいいとぼくは思う

そのうち学校に行って似合うにんげんはたくさんふえる
似合わないにんげんもたくさんふえる
似合うにんげんと似合わないにんげんごちゃまぜ!
そしてぼくは似合わないにんげんとも一緒にたくさん話しをする

もう少したつとぼくはママやパパとはちがったものすごく似合うにんげんに出会う
でも意外とうまくいかなかったりする
反対にものすごく似合わないにんげんどうしなのにものすごくうまくいくときだってある

ものすごく似合うにんげんどうし
ものすごく似合わないにんげんどうし
ママとパパはどっちか知らないけど
ママとパパにものすごく似合うとてもかわいいこども
それがぼく
似合う代表、似合う選手権1位

今のところぼくに似合うにんげんはママとパパとおねえちゃん
明日にはおばあちゃんとおじいちゃん
その次にはコロと近所のひと
ぼくに似合うにんげんがふえる

せっかくだからこのままずっと似合うがいいけど
あまりこだわることはないかも
似合っても似合わなくってもずっとなかよしでいることはできるから

似合う選手権1位じゃなくてもいい
ずっとなかよしがいい
ずっとなかよしがいい
そんなふうに声をあげて、
ぼくは生まれる

 

2024年12月

ポエトリー:

「時」

 

よどみなく消える、時間は

良いときも悪いときも

見さかいなく

 

わたしたちの舟はゆれる

岸が離れていても近くても

水草に手が届くなら

それが安心

 

いつからかわたしたちは

困り果てた顔をする

自由だからか

不自由だからか

 

しかし確かに

訪れるものがある

 

その日が来るとしたら

きっと今朝のように寒い日かもしれない

それは鉢に薄い氷が張るようなとても寒い日

それは水草の間に花が咲くようなきらびやかな日

 

一番小さなしあわせがわたしたちを満たすとき

時間はわたしたちだけのものになる

それが行って過ぎるまで

 

2025年2月

 

そういう芽生え

ポエトリー:

「そういう芽生え」

ぼんやりと生きることが
暮らしの支えになる
どうやら
そう信じていた節がある

自分に信念のようなものがあるとすれば
きっとそんなようなものだと
それもまた
ぼんやりと気づいた

ひとには
誰に教わるわけでもなく
そういう芽生えが
生まれながらにあるらしい

 

2025年2月

きみよりの

ポエトリー:

「きみよりの」

きみが何に急ぐのかぼくにはわからないけど
ぼくは手間どるのが結構すき

きみの手柄はぼくもうれしいけど
余るようならひとに分けてあげてほしい

きみとぼくがうまく合わされば今よりのんきになってしあわせになる
でものんきはぼくの性質だからぼくよりのしあわせということになる

ぼくとしては
ぼくよりもきみの方が少しだけしあわせになってほしいから
きみよりのしあわせがいいと思う
でもそれすら
ぼくよりのしあわせかもしれないけど

 

2025年1月

ペグ

ポエトリー:

「ペグ」

 

よく晴れた日
飛ばされそうでペグを打つ
隣人は片方の靴下をもう脱いで駆け出していた
路面は暖簾のように緩やかで
どこからもようこそと言われているようだった

わたしたちの水銀灯は熱を帯びていた
これから何をしようと責任は取る必要のない朝
二重にした袋からも汁が漏れそうな気がして
振り返るたび路面は揺れる

一方向しかないベクトルの
業務用でしかない喧騒を
我が事として捉えることができるのは
将来の夢が固まったひとだけだと聞いた

「ほんなら誰もおれへんやん」

振り返るとそこに影がいた
影もろとも飛ばされないようにペグを打つ
とてもよく晴れた日

 

2024年12月

片目でものが見えるのは

ポエトリー:

「片目でものが見えるのは」

 

片目でものが見えるのは
海が見える丘にいるからで
眼下に広がる白波の
向こうに富士が見えていた

わたしたちの住む街にゃ
俄に人が増え始め
通りを隔てたお向かいの
ひとに会うのもひと苦労

伝えに聞いたところでは
俄に増えた人たちの
口の端のぼる事柄は
向こうに富士など見えはせぬ

おかしなことを言うものだ
わたしたちの住む街にゃ
そんなひとなどひとりもおらぬ
向こうに富士がきちんと覗く

どれどれ様子をうかがうと
俄に増えた人たちは
両眼をしっかり見る癖を
長い旅路で付けたらしい

ほれほれ皆さん聞きなされ
向こうに富士を見たいなら
ここは海の見える丘
片目でものを見ることです

心配せずともこの街に
ひと月ばかりおりゃあええ
そしたら眼下に広がる白波の
向こうに富士が見えてくる

ここは海が見える丘
片目ぐらいがちょうどええ
片目が世界を映してくれる

 

2024年10月

アプローチ

ポエトリー:

「アプローチ」

 

ここには居たくないからと
おてんばな娘のように
紙のようなシュークリームの皮が破けて
クリームがどっと溢れ出す
順番を待てないのはわがままじゃない
そそっかしいだけだ
ありとあらゆる崩落から身を避けるため
ノートにことばを書き並べては
いちいち頷く
繰り返すがわがままじゃない
目指しているのは
姉弟のような優しさで
つまりそれは等間隔で
お土産のシュークリーム
でも幾種類も買って好きなのを選ぶ
あとは紙のようなシュークリームの皮が破けて
クリームがどっと溢れ出す
それが新しいやり方
わたしの世界を取りに行くわたしの正解

 

2024年11月