Author: よんきー
常備薬を買いに
ポエトリー:
「常備薬を買いに」
常備薬を買いに橋の向こうへ
そこはひらがなの多い街
長い橋を渡ると
もう何度も通っているはずなのに、いつも新鮮な恐怖に襲われる
結局、向こうへ渡ってしまえばなんのことはないのたが、長い橋を渡っている間はなにか直近の記憶をすべてさらけ出したような気分になる
つまり最初に訪れたときにはそれまでの人生の経験をすべて開陳したということになるのだが、それももう随分と前のことになるので、まるで覚えていない
覚えていないということは、開陳したことを契機に、それまでの人生の幾つかを橋の向こうへ譲り渡したということにもなるのかもしれないと、そんな疑問がよぎりつつ、わたしは今、何度目かの橋を渡る直前にいる
いつものように不安をのぞかせながら
常備薬が必要なことはわかっている
処方箋を持ってきていることは確信している
しかしすでに幾つかを忘れてしまっている気もしている
悪い気はしなかった
このままわたしの心と体はどこへ行くのだろう
ひらがなの多い街は居心地がよかった
2025年5月
Lotus / Little Simz 感想レビュー
忘れたら ごめんなさい
ポエトリー:
「忘れたら ごめんなさい」
朝早く、ほうぼうからトングを手にした人々が集まる。品定めして、名物の大きめのクロワッサンから売れていく。今朝思いついたことは噛りかけ。できることは今ないです。
ここまで来ることができたのは、スピードに乗って空を仰いだことがあるからで、たとえこんな日でも何にしようかと迷うのことの方が、大切だと思ったから。
けれどそのスピードとは裏腹に、トングは大きめのクロワッサンすら掴めずに、手首から先はほどなく、恋しくなるほどふがいなく、記録も何も残らない。
帰り道の商店街を過ぎた辺りから、不意にロケットにでも乗って何処かへ行きたい気分がして、でもそれが望めないから、せめて通りの向こうの高台へジャンプする、気持ち。雲の水分をひと煮立ちして蒸発させれば、水素ロケットぐらい作れるんじゃないか、そんな気持ちで。
パン屋で焼かれる大きめのクロワッサンと普通のクロワッサン。手間はどちらがどうで数はどちらが多いのだろう。などと思いながら、注文した食パン一斤分ならトングは要らないから、たぶん夕方には取りに行ける。
ベーコンやトマトをはさんだらきっとおいしい。でも夕方にはまだ時間があり、今日は午後からひとが来るから、うっかり忘れたらごめんなさい
2025年4月
時
ポエトリー:
「時」
よどみなく消える、時間は
良いときも悪いときも
見さかいなく
わたしたちの舟はゆれる
岸が離れていても近くても
水草に手が届くなら
それが安心
いつからかわたしたちは
困り果てた顔をする
自由だからか
不自由だからか
しかし確かに
訪れるものがある
その日が来るとしたら
きっと今朝のように寒い日かもしれない
それは鉢に薄い氷が張るようなとても寒い日
それは水草の間に花が咲くようなきらびやかな日
一番小さなしあわせがわたしたちを満たすとき
時間はわたしたちだけのものになる
それが行って過ぎるまで
2025年2月
そのひとりとして
ポエトリー:
「そのひとりとして」
外から溢れて
中に入るものがあるなら
わたしはそれを無為にできない
そのひとりとして
訪れるというより
迎えるもの
今日の日、明日の日しか
出口はないのだから
器用に折りたたんでしまえたものが胸元にあって
いつしか取り出す
そんな未来
想像することはタダだから
その受け皿として
わたしは在る
2025年4月
Make ’em Laugh, Make ’em Cry, Make ’em Wait / Stereophonics 感想レビュー
Never Know / The Kooks 感想レビュー
適温
ポエトリー:
「適温」
心の糸がもつれている
すべてをスタンダードに戻したい
鍵穴は壊れてしまった
雨音は数え切れない
地道にいきたい
仮にスペースがあっても
もう小躍りしないで
ゆき過ぎる
その事自体に罪はない
しかしそれを無条件で受け入れるなんて
今のぼくには若さが足りない
夕暮れはもたつきながら春の様相
セーターの毛玉をほつきながら
ぼくは適温を探している
2025年3月