荒地

ポエトリー:

「荒地」

 

今日の音楽は
生身でグラグラしているから
リズムがとれない

脳内で型にはめ
補正する
フェイク
弦が切れた

裸足の感度が
ひとびとから剥がれ
今焼け野原

いいや
ガレキを足場にして
また歌を唄いはじめれば

 

2025年10月

新年によせて

ポエトリー:

「新年によせて」

 

新しい夢を見て
新しい街へ出た
わたしたちは毎日
新しいに手をかける

ただの、あるいは特別な
生命あるものとしての営み

新しい労働をし
新しい食事をし
新しく学び

新しい嘘をついて
新しい諍いをし
新しい和解をする

わたしたちは今日も新しいに手をかける
それは人類史上初めての経験
間違いもクソもない

 

2026年1月

Gettng Killed / Geese 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Gettng Killed』(2025年)Geese
(ゲッティング・キルド/ギース)
 
NY出身、3枚目だそうだ。こんな傑作を作っておきながら、1枚目2枚目はパッとしなかったらしい不思議なバンド。なんだかもう古いのか新しいのかよく分からないけど、ロックバンドとして一番大事な気というか佇まいというか、そういうものがギッシリ詰まったバンドだなと。こういうのが出てくるから洋楽を聴くのはやめられない。
 
70年代のいなたさとか土っぽさとかを僕はよく知らないけど、なにかしらの参照があちこちにあるのだろうとは想像できる。ただ古さを古さのまま再現したところでこんな面白い音楽は出来ないわけで、この割れた感じとか、不協和音さとか、断絶の時代に生きる僕たちの琴線にガシガシ突いてくる彼らの音は完全に今の音楽でしかない。
 
ボーカルはトム・ヨークみたいな歌い方というか発声ではあるけど、トムさんはここまでシャウトしないよな。つまり荒々しいけど、細い感じ。ギタリストはスラッと背の高い女性でクールだけどバカみたいにギターをかき鳴らしている、それこそジョニー・グリーンウッドみたいに。ボーカルが女でギタリストが男というのはよくあるけど、その逆というのは意外と見かけない。バンドの絵面としてとてもカッコいい。
 
あとアルバムジャケットにあるように管弦楽器がいい感じで挟まってくるが、それ以上に効果的なのが鍵盤系。これがあることで随分と曲調が広がっていく。特にガサガサしたスローソングでこれをやられると一気にイメージが広がる。荒々しいのから静謐な曲までホント間口が広いバンドだ。
 
僕は毎年年末になるとその年の気に入ったアルバムから1曲をピックアップしてプレイリストを作るのだが、このアルバムからはどれを選べばいいのかわからない。それぐらい突出した曲が多すぎる。う~ん、やっぱ『TEXAS』かなぁ。
 
こんなの作ってしまって次はどうするんだと余計な心配をしてしまうが、2ndから急に違うベクトルを向いたバンドなので、次も全く違う方を向くことだってあり得る。だんだん2000年代のレディオヘッドみたいな期待値で彼らを見たくなってきた。
 

秋風

ポエトリー:

「秋風」

 

秋風
あなたの目はもう死んでるね
疑いようがなく晴れわたる空

間違っても
人のそばに寄ることはないだろう
この先

それぐらい
傷ついたことを知って
あなたは許してくれるだろうか

それとも
ひとりぼっちでいることに慣れたのか
秋風よ

 

2025年10月

三日遅れてやってくる

ポエトリー:

「三日遅れてやってくる」

 

熱波熱波と言うがここは孤島なので
潮風がすべてを防いでしまう
潮風は他にもいろんなものを遮るようで
ここではすべてが三日遅れてやってくる

そんな具合なので天気予報も当てにならない
うわさ話も三日遅れでやってくる
それでも島民はスマホを手放せない
どうやらそういうことではないらしい
ということで災害なども三日遅れでやってくる
このところ小さな地震が続く

三日後のことは本島ではとうに分かっているのだが
誰も本島に行って確かめようとはしない
ひとびとの暮らしはいつもと変わらない
みんな変わらずのんきに暮らしている

本島では米が足りないらしいが、ここでは梅雨には梅雨の雨が降る
夏は夏でほどほどに暑く、冬は冬でほどほどに寒い
そんな気候もあってわたしはここに越してきた

今朝も田んぼに出かけた
本島を尻目に朝は卵ご飯、昼はどんぶり、夜は締めの雑炊
今日もたらふく米を食う

とはいえ三日後にはどうなっているのか分からぬ身
今の感じでは三日後のこの島も危ういかもしれない
が、かと言って本島まで見に行かないのはわたしも同じで
今もぐらり、ぐらりと来た

とにかく腹ごしらえでもして三日前(つまり本島で言うと六日前)に録画したテレビを見る
この腹減りも三日前のもの
厄介なのは腹いっぱい食っても腹いっぱいになるのは三日後だということ
初めの頃は調子にのってえらい目にあったがもう大丈夫
ここの暮らしもすっかり身についた

言い換えれば今のわたしも三日遅れの録画みたいなもの
どうにかすればどうにかすることができるものでもなく
とにかく三日後にえらい目にあわないよう努める
でもそれだって大したものだ
わたしたちは相変わらず確かめることなくどうにかしようと暮らしている

わたしたちは三日前のことを受け入れ、三日後のことに先回りする
たかが三日前、三日後
それで米をたらふく(といっても加減が必要だが)食えるなら言うことはない

今もぐらり、ぐらりと来た
住民は三日後に備える
なぜならここではすべてが三日遅れてやってくるから

 

2025年9月

Double Infinity / Big Thief 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Double Infinity』(2025年)Big Thief
(ビッグ・シーフ/ダブル・インフィニティ)
 
 

聴き始めた時から良い印象があって、リラックス出来るし通勤時などによく聴いていたのだが、このアルバムのどこをどう気に入っているのかわからないまま時間が過ぎていった。そのうちビッグ・シーフってどんなバンドだったっけと改めてわからなくなり、そうだ、過去作を聴いてみようと思い、『U.F.O.F.』(2019年)、『Two Hands.』(2019年)、『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』(2022年)と何日かに分けて聴いてみることにした。

 
聴いてると、この辺はいわゆる出世作でもあるので、やはりエネルギーが充溢している。尖ってて聴く方も大変だったってことを思い出した。でも時間の経過とともにそれが和らいでくるのがわかる。『Dragon New Warm ~』なんてその両方があってすごい作品。僕はなんで年間ベストにしなかったんだろう。てことで、今回のアルバムはひと区切りついたビッグ・シーフの新しいフェーズ、という認識が僕の中で出来ていた。つまり、もうあんな尖ってないだろう、というイメージ。
 
なので聴く前からリラックスしていた。そして聴いたら、まるっきり予想通りの雰囲気だった。曲がいい。レンカーは多作な人で、『Dragon New Warm ~』と今作の間にソロ作を出している。ソングライティングが日常なんだと思う。そんな中での選りすぐり。名作を作ってやろうという気負いもない(多分)。だけど、バンドにはこれまでの作品でスパークさせたクリエイティビティが宿っている。本作は何気ない歌のアルバムだと思うけど、そんな連中が作った作品が一筋縄でいくはずがない。
 
前半と後半にリード曲となるようなポップな曲があって、中盤はゆったりとした印象。でもそのゆったりとした中盤は、なんでこの人数でこういう音出せるんだという惚れぼれとするグルーヴ。そして決定的なのはその後に続く#8『Happy With You』。延々「happy with you」と「poison shame」というリリックを繰り返すだけなのになんかもうもの凄く名曲!なんなんだこの人たちは!
 
いろいろ調べてると、レコーディングが上手くいかなくて、やり直したなんていう記事があった。肩肘張らずにサッと作ったのかなと思ったら全く違ってたけど、出来た作品は肩肘張っていない。聴く方も心構えが要らない。批評的には前の3つのアルバムの方が断然高いのだろうけど、僕はこっちの方が好きだ。

わたしの家

ポエトリー:

「わたしの家」

 

ひとつひとつは小さいけれど
積み上がったことばかりが
重くのしかかる

そのひとつひとつが家をなしていて
ローンを払い続けている
払う気はないのだけど

朝歯を磨いていると
首筋に歯型を見つけた
いつ付いたのか定かでない

街へ出るとひとそれぞれに
等しく歯型があることに気づいた
が、向こうは気づいていないようで

なぜ今朝のわたしには見えるのか
わからないがローンが満期を迎えるものだけの特権
のような気もしてきた

そうだ
そろそろそれは
わたしのものになる

 

2025年10月

『HAYABUSA JET』の「再定義」について

 

『HAYABUSA JET』の「再定義」について

 

『HAYABUSA JET Ⅱ』が12月にリリースされるとのこと。どうやら今年の佐野は「再定義」に夢中のようだ。思惑通り新しい聴き手のもとに届けばよいのだが、離れていたかつてのファン(要は年配者)を引き戻すだけだったとしたらちょっと残念。というか「Ⅰ」の時はそっちの意味合いの方が大きかったのではないかという不安はある。あくまでも印象だが。

僕がファンになった1992年は『Sweet16』アルバムやシングル『約束の端』がヒットした年ではあるけど、10代の僕がのめり込んでいったのは初期の『No Damage』や『Someday』を聴いたからであり、1992年にリアルタイムで流れていた『Sweet16』などはそのきっかけに過ぎない。

1992年当時でも1980年代初期のアルバムはバンドの演奏やサウンドがとても古く感じられたけど、そんなことお構いなしに僕は佐野の細く若い声とそこにしかない当事者としての歌詞、意思表明に惹かれた。つまり当然のことながら、いくら「再定義」しようが69才の佐野が歌う「再定義」には若葉の頃特有の’何か’は存在しない。

「再定義」はあくまでもきっかけに過ぎないし、それでも格好いいサウンドだなぁと単に音楽として興味を持ってもらえばそれでOKかもしれないが、いくらスピードを上げ『DOWNTOWN BOY』を「再定義」しようが、そこに僕がこの曲に想う最も大切なものは含まれていないわけで、つまり『HAYABUSA JET』に出来ることは限られているんじゃないかということ。それでも新しい世代に佐野元春という人の音楽を知ってもらえれば、それで十分だとは思うけど、それじゃ物足りないなと思うのは結局僕の独りよがりなのだろう。

「再定義」と言っても大きな枠で言えばセルフカバー。今年は45周年でもあるし、なんだかんだ言いつつそれはそれで僕も楽しんでいる。そう思えるのも2023年に『ENTERTAINMENT!』、『今、何処』という2枚の新作があったから。とはいえ本音としちゃそろそろ新しい歌を聴きたいところではある。ま、飽きっぽい佐野のことだし『Ⅲ』はないんちゃうかな。

忘れたらごめんなさい

ポエトリー:

「忘れたらごめんなさい」

 

朝早く、ほうぼうからトングを手にした人々が集まる。品定めして、名物の大きめのクロワッサンから売れていく。今朝思いついたことは噛りかけ。できることは今ないです。

ここまで来ることができたのは、スピードに乗って空を仰いだことがあるからで、たとえこんな日でも、何にしようかと迷うのことの方が、大事だと思ったから

けれどそのスピードとは裏腹に、トングは大きめのクロワッサンすら掴めずに、手首から先はほどなく、恋しくなるほどふがいなく、記録も何も残らない。

帰り道の商店街を過ぎた辺りから、不意にロケットにでも乗って何処かへ行きたい気分がして、でもそれが望めないから、せめて通りの向こうの高台へジャンプする、気持ち。雲の水分をひと煮立ちして蒸発させれば、水素ロケットぐらい作れるのじゃないか、そんな気持ちで。

パン屋で焼かれる大きめのクロワッサンと普通のクロワッサン。手間はどちらがどうでどちらを多く焼くのだろう。などと思いながら、注文した食パン一斤分ならトングは使わなくていいから大丈夫、たぶん夕方には取りに行ける。

そのままでも美味しいし、ベーコンやトマトをはさんだらもっと美味しいことを想像して、でも夕方にはまだだいぶ時間があるし、午後からはお客さんが来るから、パン屋の皆さん、うっかり忘れたらごめんなさい

 

2025年4月

Clearing / Wolf Alice 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Clearing』(2025年)Wolf Alice
(クリアニング/ウルフ・アリス)
 
 
リードシングル『Bloom Baby Bloom』を聴いた時(というかMVを見た時)には随分びっくりしたけど、あれはアルバム全体を象徴するものでなくスポット的なものだったようだ。それが残念なのかホッとしたのかよく分からないのが正直な気持ちで、このアルバムをどう評価するのかという点においてもそれはまったくその通りだった。
 
『Bloom Baby Bloom』はマネスキンやラスト・ディナー・パーティーのような、どんだけ派手やねんというグラマーないで立ち、ドラマティックな曲、というところを受けての、なんでもできまっせなウルフ・アリスからの回答のような曲。エリーさん、どうしちゃったの?という派手なメイクにレオタードという格好でそれはもうたまげたのだけど、アルバムを通して聴くと、このスタイルをアルバム全体に推し進める手は最初からなかったのが分かる。
 
むしろそれは表面的なところではなく実直的なところで、つまり『Bloom Baby Bloom』は確かにグラマーな曲で、見た目的にもクイーンのそれかもしれないけど、クイーンの本質もアコースティックな美しい曲にあるし、あとフリートウッド・マックとか、ともすればシンガーソングライター的に曲を聴かせるタイプの、そういう良い曲を丁寧な演奏で聴かせる70年代の英国の伝統的なロック音楽の一要素、ウルフ・アリスの狙い目はそこだったんだなと。
 
確かにそれは分かる。でもね、、、派手な曲がもうちょっと欲しかったなというのが本音です。1曲目の『Thorns』から『Bloom Baby Bloom』と来て『Just Two Girls』への流れがとっても良くて今回もええやないかと思ったけど、そのあとが真面目過ぎるやろと。最後の『White Horses』と『The Sofa』がまた素晴らしいだけに中盤の真面目パートがちょっと残念。いや、いい曲を丁寧にやってるのはわかるし確かにいいのはいいのだけど、ロック的なカタルシスが、というところです。
 
前作『Blue Weekend』(2021年)が大作だっただけに、この力の抜け具合はその反動かもと思いつつ、いや『Bloom Baby Bloom』があるやんと私的にはどっちつかずな印象のアルバム。とても良いバンドだし、エリー・ロウゼルもすっごい美人なのにいまいち地味な印象は否めないところに『Bloom Baby Bloom』が来て、うわー、クイーンでレオタードやー、これで一気にドーンと行けー、と思ったのも束の間、アルバムは真面目な優等生。。。もしかしたらこれはいかにも歯がゆい、とてもウルフ・アリスなアルバムなのかもしれない。
 
英国チャートは1位を獲得。ひとつ前のアルバムがよいと、その次のアルバムのセールスは伸びる、という流れだけど、この次のアルバムはどうなるのだろうか。見当つかないな。