ポエトリー:
「常備薬を買いに」
常備薬を買いに橋の向こうへ
そこはひらがなの多い街
長い橋を渡ると
もう何度も通っているはずなのに、いつも新鮮な恐怖に襲われる
結局、向こうへ渡ってしまえばなんのことはないのたが、長い橋を渡っている間はなにか直近の記憶をすべてさらけ出したような気分になる
つまり最初に訪れたときにはそれまでの人生の経験をすべて開陳したということになるのだが、それももう随分と前のことになるので、まるで覚えていない
覚えていないということは、開陳したことを契機に、それまでの人生の幾つかを橋の向こうへ譲り渡したということにもなるのかもしれないと、そんな疑問がよぎりつつ、わたしは今、何度目かの橋を渡る直前にいる
いつものように不安をのぞかせながら
常備薬が必要なことはわかっている
処方箋を持ってきていることは確信している
しかしすでに幾つかを忘れてしまっている気もしている
悪い気はしなかった
このままわたしの心と体はどこへ行くのだろう
ひらがなの多い街は居心地がよかった
2025年5月