Month: 4月 2025
よいこと
ポエトリー:
「よいこと」
離れていても
これだけ知り合えるのに
わたしたちは無理を承知で
つながりたがる
気にするな、
誰であれ
ひと一人を知るのは遠い
ましてわたし自身でさえ
世界のつながりの中へ
わたしたちは足を掛けている
夜毎、一人ごとのように
足しても増えぬ不確かさが
順繰りにわたしを覆うことがあってもわたしは乗り気にならなかった
それはよいことだった
2025年3月
「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」感想
リビングにて
ポエトリー:
「リビングにて」
自在にゆれる肩掛けの光は
レースのカーテンのせいで
それをまとう女のせいで
しどけない日曜
時間にたゆたう女を見るのに飽きたら
ぼくはおとなしく、
ふたりぶんのコーヒーカップをゆすいだ
しまらない話も
きみがいれば高みにのぼる
ぼくももう少しちゃんと
死んだようにねむれたら
そんなふうにして
今日が過ぎ去る
ただのヒューマンとして
2025年1月
ぼくは生まれる
ポエトリー:
「ぼくは生まれる」
ぼくは生まれる
ぼくに似合うにんげんは
今のところママとパパとおねえちゃんだけだけど
明日にはおばあちゃんとおじいちゃんが来て
ぼくに似合うにんげんがふえる
家に帰ればコロや近所のひとも似合うにんげんになる
コロは犬だから似合うにんげんというのとはちがうんじゃないというかもしれないが似合うということで言えば似合うにんげんでもいいとぼくは思う
そのうち学校に行って似合うにんげんはたくさんふえる
似合わないにんげんもたくさんふえる
似合うにんげんと似合わないにんげんごちゃまぜ!
そしてぼくは似合わないにんげんとも一緒にたくさん話しをする
もう少したつとぼくはママやパパとはちがったものすごく似合うにんげんに出会う
でも意外とうまくいかなかったりする
反対にものすごく似合わないにんげんどうしなのにものすごくうまくいくときだってある
ものすごく似合うにんげんどうし
ものすごく似合わないにんげんどうし
ママとパパはどっちか知らないけど
ママとパパにものすごく似合うとてもかわいいこども
それがぼく
似合う代表、似合う選手権1位
今のところぼくに似合うにんげんはママとパパとおねえちゃん
明日にはおばあちゃんとおじいちゃん
その次にはコロと近所のひと
ぼくに似合うにんげんがふえる
せっかくだからこのままずっと似合うがいいけど
あまりこだわることはないかも
似合っても似合わなくってもずっとなかよしでいることはできるから
似合う選手権1位じゃなくてもいい
ずっとなかよしがいい
ずっとなかよしがいい
そんなふうに声をあげて、
ぼくは生まれる
2024年12月