ゆるいエンタメ、プロ野球

野球のこと:
 
「ゆるいエンタメ、プロ野球」
 
 
うちの奥さんはドラマを2倍速で見ている。そんなんで面白いかとも思うが、今はそういう人が多いみたい。なんでもコロナ禍によるオンライン授業も倍速で見る学生が多いらしく、それなら先生いらんやん、AI音声とかどっかの企業の教材で十分やんとも思ってしまうが、いずれ本当にそうなってしまうのかもしれない。
 
何事も効率が求められる世の中で、エンターテインメントさえ「面白いかどうか」、もっと言えば「見てすぐに面白いかどうか」で判断されてしまう今日この頃。何であろうとずっと面白いなんてことはありえず、そこに至るまでの紆余曲折があってこそなのだが、私たちはその紆余曲折が辛抱できなくなっている。ということで、そういう皆さんにこそおススメしたいのが野球観戦!
 
野球はとにかく退屈です。サッカーやバスケに比べれば圧倒的に動かない。スピード感が無い。しかも何時間やっとるんだという試合時間の長さ。はっきり言って1試合の中で盛り上がる瞬間はそんなにない。それなのになんで見るか。それは一見何の動きもないところでも分かる人には分かる色々な動きがあるからです。
 
例えば配球。インコース投げたいけど次どうするのとか、アウトコースに投げたいけど前の打席で外ギリギリの球を打たれてるんだよなとか。それが合ってるかどうか別にして、野球は自分の中で勝手に楽しんでしまえる、一人上手ができる!また実際に野球場に行くと、一球ごとに野手が動いているのが分かります。しかも一人だけじゃない、連動してみんなが何かしらの動きをしている。
 
で、こういうのを分かるようになるにはどうすればよいのか。これはもう見続けるしかない。見て学ぶしかない(笑)。ただ「見てすぐ面白い」とは対極にありますから、最初っからずっとは楽しめません。でも大丈夫、野球はサッカーやバスケと違って、ずっと集中して見ていなくてもよい、目を離したっていい、それで十分分かってくることがある。そういうこっちサイドで調整できるゆるい楽しみ方が出来るのが野球なのです。
 
ま、どっちにしろ面白い試合なんて年に何回あるかどうか、ほとんどは僕も流し見です。でもスポーツ観戦なんてそんなもの。感動をありがとうなんて言いますが、そんなの滅多にないない(笑)。つーかスポーツ観戦は知的遊戯でもあります。感情はそのおまけです。確かに凄い試合が年に何回かありますが、それも退屈な試合を幾つも見ているからこそのご褒美みたいなもんですね。
 
ということで、普段、2倍速やショート動画ばかり見ている人にはうってつけの心に余裕が持てるゆるいエンタメ。この春からは是非結果がすぐに出ないのんびりとした野球で効率の悪い無駄な事への耐性をつけましょう。

Sometimes, Forever / Soccer Mommy 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Sometimes, Forever』(2022年)Soccer Mommy
(サムタイムズ、フォーエバー/サッカー・マミー)

 

Alvvaysに続いてはこれ、サッカー・マミーです。90年代の青春映画で流れていそうな90年代のオルタナ・ロック感が随所に現れています。それこそ『リアリティバイツ』を観た世代なんかはグッと来るんじゃないでしょうか。ハイ、私がそうですね(笑)。

90年代オルタナ・ギター・ロック、特に『ザ・ベンズ』とか『OK コンピューター』期のレディオヘッドの面影を感じます。#2『With U』とか#3『Unholy Affliction』とか#6『Darkness Forever』辺りですね。なんだかんだ言って、レディオヘッドはギター・ロックの地平を切り開こうとしていたこの時代が皆好きですから(笑)、この辺りのニュアンスが出てくるとやっぱ嬉しいです。

という中でこの時期の一方の雄、オアシスを彷彿させる#7『Don’t Ask Me』なんかもあったりして、この世代の音楽に親しんだ人間のツボをどんどん押してきます。アウトロのドラムがドタドタするところにギター・ソロが絡んでくるところなんてたまらんぜぇ。

ただまぁそれも、彼女がよいメロディーを持っているから、ソングライティングがしっかりしているから可能なんですね。アレンジがどう転がろうが問題ない。1曲目の『Bones』なんかを聴いていると曲の良さが凄く伝わってきます。つまり単純に曲の良さで勝負できる人なんだと思います。その中で彼女が選んだのサウンドが90年代オルタナ・ギター・ロックなのかなと思います。

後はボーカルですね。この世代にありがちな平熱トーンのボーカルが少し物足りない。いや、この声だからこそいいっていうのもあるとは思うんですけど、もう少し感情が爆発するような、聴き手に揺らぎを与えるような強さがところどころにはあってもいいのかなと思いました。

それにしてもフィービー・ブリジャーズといいスネイル・メイルといい、米国ではどうしてこう活きのいい女性シンガーソングライターが続々と出てくるのでしょうね。しかも全部ギター女子っていう。ロック不遇の2010年代にローティーンを過ごしたであろう彼女たちがなんでまたギターを手にしたのか、一方で男性側からこういうのが全然出てこないのも含めて謎です。とにかく、先述のAlvvaysや英国のビーバドゥービーなどなど、新しい人がドンドン出てくるのはオルタナ・ギター・ロック好きとしては嬉しい限り。

ちなみに子供にサッカーの英才教育を施そうと一生懸命になっている母親のことを米国では’サッカー・マミー’と言うそうです。’スネイル・メイル(カタツムリ便)’といい、この世代はネーミングセンスも抜群ですね。

『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)感想

フィルム・レビュー:
 
 
『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)
 
確かにこれだけの映像表現が可能であれば、120分をまるっと山王戦で通す方法もあったかもしれない。それだけの映像インパクトはあるし、スラムダンクの映画化を楽しみにしていた当時のファンを十分に喜ばせることは出来ただろう。けれども連載終了時から30年近く経った今、それだけをすることにどれだけの意味があるのだろうか。
 
確かにあのスピード感や立体的な動きを再現できたことには驚く。しかし技術は日々進化する。今は驚きの目で見られた表現でさえ、10年後20年後にはそれを上回るものは必ず出てくる。いずれ、あの時は凄かったね、で終わってしまう。あの『ジュラシックパーク』や『マトリックス』が人々の記憶に残っているのは単に映像表現が凄かったから、だけではないのだ。
 
ではこの映画にその深みを与えているものは何かと言えば、それは間違いなく宮城リョータの家族をめぐる物語。もう一人の主人公はリョータの母親ではないかとさえ思えるような、極力セリフを配した丁寧な描写、心象風景。これらを幾つも挟みながら殊更説明することなくただ山王との試合に挑むリョータの肉体表現へ徐々に変換されていく様。今まさに現在進行形でそれを目撃している私たち。
 
また過去を捉えた幾つもの場面は手に汗握る湘北対山王の死闘に興奮状態にある私たち観客に落ち着きをもたらす効果もある。緊張感はいつまでももたない。チェンジ・オブ・ペース。まるでポイントガードである宮城リョータのように井上雄彦は映画全体を俯瞰する。
 
ただ懐かしむために井上雄彦は腰を上げたのではない。これは『バガボンド』や『リアル』を経て、また現在の日本のバスケットボール界を見据えた、今の井上雄彦の新作である。作家に’同じこと’を望むなんて野暮なこと。何故ならそれは芸術家にとって死を意味することだから。ましてあの井上雄彦である。
 
『THE FIRST SLAM DUNK』は過去の焼き直しでもリメイクでもない。今の井上雄彦が一から創り上げたリクリエイト(再創造)作品である。きっと漫画『スラムダンク』のように井上雄彦の作品として何十年後も残るだろう。『THE FIRST SLAM DUNK』は決して、あの時は凄かったね、で終わらない。

Blue Rev / Alvvays 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Blue Rev』(2022年)Alvvay
(ブルー・レヴ/オールウェイズ)
 
 
毎年、年末の各媒体の年間ベストを眺めてると、いくつか気になるのが出てくるんですけど、2022年末の場合はこれがその筆頭でした。全然知らなかったんですけど、3枚目のアルバムだそうです。男女混成の5人組、カナダのバンドです。Alvvaysの読みはオールウェイズ。先にAlwaysというバンドがいたようで、急遽、w を vv に分割したらしいですけど、vvの方が意味あり気でいいですね。
 
ネオアコにシューゲイズでドリーム・ポップという、もうこの文句だけで好きになりそうですが、1曲目の『Pharmacist』を聴いた時点で「これ好き」ってなりました。そう思っているところにアウトロで最高のギター・ソロが流れてくるもんだから「これ好き」が「めっちゃ好き」に速攻変わりました(笑)。
 
ただこんな風に掴みでグッとやられるだけでなく、彼女たちの場合は聴けば聴くほど良くなっていく、どんどん好きになっていきます。多分それは完成度が高い、練り込まれているってことなんじゃないでしょうか。初めはさほど気にも留めていなかったボーカルにしても、よくよく聴いているとこの透明感が稀有なことに気付いて、しかも高音になっても同じようにス~ッと入ってくるんです。#8『Velveteen』の最後のところなんてその典型ですね。
 
あと、最初に言った1曲目とか一番人気かもしれない#3『After The Earthquake』といったネオアコ色の強いポップ・ナンバーのみならず、#11『Belinda Says』みたいな最後にボーカルがグワッと盛り上がる切ない曲もあるし、不意に#7『Very Online Guy』のようなシンセでリードしていく曲もあれば、はたまた思わぬジョニー・マー節に笑ってしまいそうな#5『Pressed』もあったりと、曲調も豊かでこういった点も最初の印象と違って長く愛せるアルバムになっているのかなぁと思います。
 
それにしても2022年にこんなギター・バンドがいたなんて驚きですね。ていうか2014年のデビューらしいので、ギター・バンドが見向きもされなかった時代にこういう実直に取り組んでいたバンドがいた、それが今花開いた、そういうことなんじゃないでしょうか。本人たちはこれからも時代に関係なくよい音楽を作っていく、そういうスタンスなんだと思います。こりゃ1枚目や2枚目もちゃんと聴いてみないとね。