洋楽レビュー:
『10 Tracks to Echo in the Dark』(2022年)The Kooks
(10トラックス・トゥ・エコー・イン・ザ・ダーク/ザ・ クークス)
4年ぶり、6枚目のアルバム。ではあるけれど、 元々5曲入りのEPとしてリリースしていた2枚をくっ付けたもの らしい。今作リリースにあたってのルーク・ プリチャードのインタビューを読みましたけど、 ルーク自身はもうアルバムという形にこだわっていないようですね 。いい曲が出来たらその時に出せばいいっていう考えのようです。
彼らのアルバムはデビュー以来、ずっと聴いています。 その時々でサウンドの方向性は異なりますが、 ハズレはないですね。 ボーカルはいいしバンドはいいし何よりソングライティングに長け ている。耳馴染みがよく、 それでいて個性的なメロディをいつも聴かせてくれます。 デビューして16年経ちますけど、 まだこれだけポップな曲を書き続けられるのは実は凄いことだと思 います。同期のアークティック・ モンキーズはなにやら難解になってますからね(笑)。
今作でもそのストロング・ポイントは十分に感じられます。 あとはサウンドをどう持っていくかというところだと思いますが、 ここが今回はちょっと弱いかなと最初は思いました、最初はね( 笑)。やっぱり大人しいんです。 ところがここで諦めてはいけない!かの洋楽レビューの大家、 ロリングさんも仰られていましたが、 こういう時こそ2週間の法則。1週間聴き続けると「ん? ちょっといいかも」、2週間聴き続けると「これ、ええやん!」、 と見事に印象が変わりました。
全体的に感じられるのはシンセですね、 あとベースがしっかりと聴こえてきます。 雰囲気としては彼らの4作目であるファンキーな『Listen』 (2014年)に近いかもしれませんが、 あそこまで振り切れてはいないです。 つまりこのアルバムの最初の印象が弱いのは、 振り切れていないように見えるからなんだと思います。 でもよく聴いていると、彼らの持ち味、 彼らのこれまでの道のりがちゃんと配分されていて、 何気ないアルバムではあるんですけど、 そんじょそこらのバンドにはできない、 16年経ったうえでの経験、16年経っても失われない鮮度、 そういうものを感じられます。
全10曲、目につく派手な曲はないです。 しかも多くがミディアム・テンポの曲で占められています。 にも関わらず、 それぞれの曲の輪郭が明確でそれぞれ全く違う個性を持っている。 これはなかなか出来ることではありません。 ということでサウンド作りは誰と組んでいるのかなと調べてみたら 、ドイツ人のプロデューサー、Tobias Kuhnとベルリンで録音したみたいです。 これまた世間とは関係なしにやりたいことをやるクークスらしい判 断で、こういうところも好印象です。
ということで意識したのは80年代のサウンド。 シンセが印象的なのはそのせいですね。 とはいえ当時のアレをそのままやるとダサいですから、 そこはかいくぐって今のクークスに照らし合わせてみる。
つまり『Listen』アルバムで取り組んだ跳ねる要素、 パーカッションを用いたり、他にもちょっとした味付け、例えば# 5『Sailing On A Dream』では何気にサックスを入れてみたり、#6『 Beautiful World』はレゲエのリズムでリゾート感を出す、#7『 Modern Days』ではダフトパンク風のコーラス、#8『Oasis』 ではアップリフティングなギターリフ、そうした要素をシンセ・ サウンドを基調に合いの手のように入れてくる。 確かにクークスと言えば、のギター・ サウンドは薄いかもしれませんが、 よく聞くと多種多様で職人芸のようなデザインがなされていること に気づきます。プロデュースはドイツ人のTobias Kuhnとルークの共同となっていますが、 マイスターのように時代を追いかけない実直な技が光っていますね 。
なので全体の印象としては地味ですし、クークス、 本気出してないんじゃないの的な腹八分目な印象を持たれてしまう かもしれない、 ファンには歓迎されにくいアルバムではあるかと思います。が、 僕はしっかりと作り込んださすがクークスと思わせるとてもよいア ルバムだと思います。なのでこのアルバム、 あんまりだなと思った人も多いかと思いますが、 懲りずにもう何回か聴いてもらえると違って聴こえてくるのかなと 思いますね(笑)。