適温
ポエトリー:
「適温」
心の糸がもつれている
すべてをスタンダードに戻したい
鍵穴は壊れてしまった
雨音は数え切れない
地道にいきたい
仮にスペースがあっても
もう小躍りしないで
ゆき過ぎる
その事自体に罪はない
しかしそれを無条件で受け入れるなんて
今のぼくには若さが足りない
夕暮れはもたつきながら春の様相
セーターの毛玉をほつきながら
ぼくは適温を探している
2025年3月
SABLE,fABLE / Bon Iver 感想レビュー
尺
ポエトリー:
「尺」
ある日、
わたしの中でひとが飛び出し
あることない事
わめいている
人間の仕様には大小様々あって
わたしもそのうちのひとつだが
時には嘆き、時には喜び
人には言えぬ物差しで成り立っている
時折、
勢いあまって飛び出すことがあるにはあるけど
ひとにはひとの尺があるのだと
夕べ知り合ったひとが
やはり飛び出しくだを巻く
正直なところ
わたしはそれを信じていない
信じていないが
そういうものがあるということを念頭に
どうやらものを考え、ひとと話をし、くしゃみをしているようだ
抑えきれぬ感情よりむしろ
平穏無事に行かせようとするもの
その限りにおいて
多分、未来は明るい
2025年4月
大きな心
ポエトリー:
「大きな心」
どんなひとにもふさぎ込んでしまう夜が
あるに違いない
そのころぼくは大好きな彼女と
キレイな花を
花を摘んでいる
悲しい顔は
繰り返さなくたっていい
ぼくには大きな
心があるのだ
どんなひとにも天に登る
そんな夜があるに違いない
そのころぼくはイヤなことだらけを
何度も何度も思い出している
悲しい顔は
繰り返さなくたっていい
人には言えない
ことがらがあるのだ
ときどき小さな花を届けてくれるきみが
友だちでほんとうによかった
悲しい顔は
繰り返さなくたっていい
人には言えない
ことがらがあるのだ
悲しい顔は
繰り返さなくたっていい
ぼくは大きな
心を持つんだ
2025年3月
Forever Howlong / Black Country,New Road 感想レビュー
この冬、故郷にて
ポエトリー:
「この冬、故郷にて」
この冬、故郷で災害があった
海からほど近いその町には幾つかの川がある
そのうちの一つに海から一メートル四方ほどの大きな石が大量に運ばれてきた
市境の橋が壊され、一人が亡くなった
私が子供の頃に何度も渡った橋だった
久しぶりに故郷へ帰った私はそこへ行ってみることにした
石は廃棄されずに一か所に集められていた
そこは川沿いの食品工場の広い駐車場だった
一方の角へ目をやると白っぽい石がひとつだけ、
その上にちょっとした敷物と簡単な囲いが用意され、コップと菓子が供えられていた
供養しているということだろうか
ほどなく食品工場から昼休憩を告げる控えめなサイレンが鳴った
とすぐ工場から若い女性がこちらに向かって歩いてきた
女性は私の横を通り過ぎ、白い石の祭壇の前で手を合わせコップの水を入れ替えた
どうやら今日は彼女の当番らしい
工場からもパラパラと人が現れてきた
そこに見覚えのある顔がいた
驚いた、あいつじゃないか
久しく会っていなかった、いろいろあって次第に私たちの元から離れていった友人
こんなところで働いていたのか
向うも私に気が付いたようだ
彼はあきらめたのか私に方に向かってゆっくりと歩いてくる
こけていた頬も幾分ふっくらとして顔つきが穏やかになっている
安心と少しの緊張で私は彼を迎えた
災害で亡くなったのはここの従業員、彼らの仲間だった
工場の再開後、彼らは亡くなった仲間を悼んで駐車場の一角に白い石で簡単な慰霊碑を立てた
仕事がある日は毎日順番にコップの水を入れ替え、時には家から持参のお菓子などを供えるのだと言う
私たちは色々な話をした
昔と同じに私が尋ねて彼が答えるといった具合に
昼休憩も終わり近くなり彼は工場へ戻っていった
昔と同じに一度も振り返ることなく
待ち構えていたように、私はさっきの女性に声を掛けられた
彼女は彼の色々を知っている様子だった
彼はそういうことを他人に言わない人だったが、そこに時の流れを感じ、同時に彼女はもうそういう人なのだと理解した
彼女は私に彼のケツを叩いて欲しいようだ
その様子に、十分あなたがひっぱたいているだろうにと思ったが、彼女には物足りないらしい
彼女はもうそういう覚悟なのだ
次の私たち友人同士の集まりに彼は来るだろうか
分からない
けれどそれでも構わない
来てくれたら嬉しいし皆も喜ぶだろうが、来なくてもそれはそれでいい
人には人の人生があるのだから
2025年2月
「名もなき者 / A Complete Unknown」感想
よいこと
ポエトリー:
「よいこと」
離れていても
これだけ知り合えるのに
わたしたちは無理を承知で
つながりたがる
気にするな、
誰であれ
ひと一人を知るのは遠い
ましてわたし自身でさえ
世界のつながりの中へ
わたしたちは足を掛けている
夜毎、一人ごとのように
足しても増えぬ不確かさが
順繰りにわたしを覆うことがあってもわたしは乗り気にならなかった
それはよいことだった
2025年3月