Shore/Fleet Foxes 感想レビュー

洋楽レビュー:
 
『Shore』(2020)Fleet Foxes
(ショアー/フリートフォクシーズ)
 
 
このところ洋楽の日本国内盤が減ったような気がするのは気のせいだろうか。僕みたいな英語に疎いものは対訳がついている国内盤が重宝する。歌詞を理解したいと思う音源にそれがないのは残念だ。この作品も2020年の名盤として各種メディアに紹介されているが、国内盤が出る気配がない。英詞を見るしかない。う~ん、分かるようで分からん。
 
年末になるとその年のベスト・アルバム選を見るのも楽しみの一つだ。今年の特徴は女性陣に素晴らしい作品が沢山あったことか。またパンデミックの影響を思わせるものもあった。イギリスからは活きのいいバンドがいくつか登場してロックの復権なんてことも言われた。けれどフリートフォクシーズのこの作品はどこにも当てはまらない。別に2020年でなくてもいい。昔の作品だと言われても疑問は感じないし、時系列からポンと浮かんでいる。それこそショアー(海岸)にひっそり佇む感じだ。
 
勿論フリートフォクシーズといえど完全なるフォークではない。2020年として電子的なアレンジが施されている。それにやっぱりショアーである。奥行深くどこまでも横に広がっていく。完全に打ち寄せて引いていく。どの曲とっても隙がない。その根幹となるのがメロディだ。
 
しかしどの曲とっても隙がないというのは良いことかどうか。ここで奏でられるハーモニーはロビン・ペックノールドが類まれなサウンド・デザイナーであることを証明している。心地よい音楽、僕は全く疲れない。けれどここで一つ疑問が出てくる。そんな心地よい音楽でいいのか。少し破綻があった方がいいのではないか。どんな美しい音楽にも、例えばボン・イヴェールにも狂気がある。美しさとは狂気をはらんでこそではないのか。
 
ここに美しいメロディがある。完璧なサウンド・デザインがある。けれど世の中に完璧なものなどない。寄せては返す海岸の美は一瞬たりとて同じでない。自然美、誰の手も入らなければ美しさを保ち続ける。その静寂を書き留めた作品がこのアルバムだとすれば。
 
この作品はバンド名義といえどロビン・ペックノールドがほぼ一人で作り上げた作品だ。誰の手も介さず、波が打ち寄せては返し、そこにある砂粒がたちどころにどこかへ行ってしまう前の一瞬を掴み取る。何で掴み取るか。それが恐らくメロディだ。
 
人里離れた海岸においての一人遊び。ロビン・ペックノールドの完璧な世界。それを可能にしたのは卓越したサウンド・デザインではなく、ロビン・ペックノールドの奏でる美しいメロディではないだろうか。