キリンの子/鳥居 感想

ブックレビュー:

『キリンの子』 鳥居

書くことは苛酷な記憶を辿る行為となるかもしれないけれど、それはそれとして存在しつつも一方で、鳥居さんは言葉を紡ぐ行為自体がただ楽しかったのではないかと思います。絶望だけではなく、命の輝きとか命の尊さが見え隠れするのは、きっとそういうことなのではないかと。鳥居さんの歌は死んでいない。ちゃんと生きている。掴んで離さない命が地中深く根付いている。そんな気がしました。

いい詩とは、最後に離陸する詩だと、詩人の茨木のり子さんは言っています。鳥居さんの歌もイメージの飛躍が素晴らしいと思いました(例えば、「水たまりをまたいで夏が終わる」とか)。

解説にもあったけど、冷静な観察眼も特筆すべきことだと思います。「母が死体になる」も「みょうが46パック」も彼女の目線は同じです。温度が変わらない。湿度がありません。歌が心のありようを詠むものだとしたら、大抵はそこに何らかの気分は入れたくなるものだけど、彼女は正確に描写をするだけ。けれどちゃんと作者にも読み手にも立ち上がる言葉。言ってみれば正岡子規の言う写実ということになるのだろうけど、これはやろうと思ってもなかなか出来るものではなくて、才能もあるけれど、本人がそうすべきだと自覚しているからだと思います。

この短歌集は何度も読み返したくなります。それは読むたびに新しい発見があるのを知っているから。僕は短歌のマナーや技術的な良し悪しは分からないけれど、彼女のバックボーンに依らずとも、純粋に素晴らしい短歌集だと思いました。