『BLOOD MOON』(2015)佐野元春 全曲レビュー
1. 境界線
アルバム全体に流れるネガティブな言葉。しかしそれらは全てここに総括される。Be Positive 。運命のせいにはできない。表題曲は次曲『紅い月』だけど、この曲がここにあることの意味を考えたい。ソウルフルに始まる出だしがいい。
2. 紅い月
ギターとドラムの不穏な響き。ここに安易な励ましや共感は無い。ただ、「ここで戦っているから」と唄うのみ。「夢は破れて 全ては壊れてしまった」という象徴的な歌詞に光を差し込ませるバンドの演奏が素晴らしい。「大事な君」というリフレインが心に響く。
3. 本当の彼女
彼女は彼女。誰が導いたわけでもない。彼女はある地点から旅立ち、そして今ある地点にいる。僕は彼女を世界で一番分かってる(と思う)けど、本当の彼女を知るのはやっぱり彼女だけ。マンドリンが優しげだ。
4. バイ・ザ・シー
主人公は世の中不公平だと呟く。世間はすぐに陥れようとするけれど、主人公は決して0にされない。。その理由が明らかになるのはブリッジ。ここで一気に羽を広げる様がいい。シビアな現実を歌うのは陽気なラテンのリズムだ。
5. 優しい闇
いつもと変わらず静かな生活を送る彼らに優しく狡猾な闇が忍び寄る。知らぬ間に奴らは奴らの思うユートピアへ連れてゆこうとする。でも約束の未来なんてどこにもない。何もかも変わってしまったあれからとは過去のあの時なのか?それとも今なのか?それらを振り切るロックンロールがいい。
6. 新世界の夜
何がいけないとか何が正しいとかではなく、今いる世界はそうやって動いているという現実認識。そしてそれは私たち自身にも投げかけられる。お前を形成するものは正義なのか、悪意なのか。勿論、そのどちらでもある。静かな熱を湛えたバンドの演奏とボーカルが素晴らしい。前半のハイライト。
7. 私の太陽
『新世界の夜』と対になるナンバー。だがここでは諦念というよりやるせなさが表立っている。それを表すかのうような荒々しいジャングル・ビート。途中はさまれるピアノ・ソロが素晴らしい。言葉数は少なく、むしろここは演奏が雄弁に語る。
8. いつかの君
幾つかの傷を負いながらもここまで何とかやってきたかつての少年少女に向けて、「確かな君はつぶされない」と歌う。そしてこれからも、邪な風が吹いてもしっかりグリップするために、「元いた場所に戻ってゆけばいい」。性急で力強いロック・ナンバーだ。
9. 誰かの神
誰だって人の役に立ちたいし、それが出来ればそりゃ嬉しい。でもそれって相手の望んだことなのか。そうした無形無数の自称救い主へ。特定の誰かを糾弾するわけでなく、投げた言葉がこっちに帰ってくる。辛辣で愉快な曲。
10. キャビアとキャピタリズム
全てのアートには生々しいポエトリーと肉体性を伴ったビートが必要だ。踊った末に現れるものこそ信じるに値する。「俺のキャビアとキャピタリズム」という強烈なパンチラインが全てを物語る。クラビネットのうねりがたまらない。
11. 空港待合室
色んなことがあって、色んな人に会ってここまで来た。時々上手くいったこともあったけど、随分怠けたりもした。時が経って景色が変わったのは、自分自身がもうあの時とは違うから。随分遠くまで来たようにも思うけど、今いるここも空港待合室にすぎない。
12. 東京スカイライン
少し背の高い高速道路をゆっくりとカーブしてゆくと眼下に街が広がる。そこに見えるのはこれまでの長い道のりや色んな人の色んなこんな。人々に、あるいは自分自身に何があってもなくても確かなことはただ一つ。今年も夏が過ぎてゆく。