第21回さがの映画祭 感想

フィルム・レビュー:

京阪の祇園四条駅を少し上がったところにあるヒューリックホール京都で開催された第21回さがの映画祭に行ってきた。

「さがの映像祭は、ろう者・難聴者が制作した映像作品を全国から募集・上映し、多様な映像表現を社会に発信する映画祭です。映像作品コンクールや特別上映、関連企画を通して、手話・ろう文化への理解を深めるとともに、映像制作の可能性を広げることを目指しています。」(さがの映像ホームページより)

背景を少し記述すると、国際的な流れとして1880年ごろから「口話法(発声・読唇)は手話法よりも優れている」として、手話は禁止されていた。つまり手話文化が無きものにされていた。日本でも1933年から手話は発語の妨げになるとして、ろう学校で禁止されていた。もちろん今は手話も言語として認められている。 2025年には手話施策推進法が施行され、手話が重要な意思疎通の手段であることが位置づけられ、手話を使って暮らせる環境整備等を国や自治体の責務であることが明記された。

先ず始まったのはろうの映画の開拓者である深川勝三監督の紹介。現在では障がい者自身が俳優として出演している映画が特に欧米では幾つもあり、日本でもようやく動きだした印象があるが、驚くのは1961年の段階で世界に先駆け、すでにそれが日本で行われていたということ。さらには監督自身がろう者であったということには驚くしかない。この日は深川監督が演技指導をしている当時の映像が流されたが、身振り手振りでエネルギッシュに演技指導をする姿には本当に驚いた。

当時出演していたろうの俳優がゲストとして呼ばれ、ステージでその時の思い出を語ってくれた(もちろん手話で)。そのうちの一人は100才!しっかりと歩き、話をするその姿に会場から大きな手話の拍手が起きた。ちなみにお年寄りの手話はEテレの手話ニュースのようにキレキレではなく、おっとりとしていた。健常者のお年寄りの言葉が聞き取りにくくなるのと同じに、年配者の手話もあいまいにある。考えてみりゃ当たり前の話だけど、そういうひとつひとつが新鮮だった。

ろうに関するイベントなので、ろう者の方がたくさん参加していた。あちこちで会話をし、笑い声をあげている。笑い声は声として発話されていたことも、そりゃ当然のことかもしれないが、僕にとっては新鮮な驚きだった。ところで静かにしなきゃいけない場であっても手話は静かに話すことが出来る。例えば美術館には「お静かに」というような表示があったりするが、手話話者は声を立てずに会話をすることが出来るのだ。スキューバダイビング中だって話ができる(この後、上映された映画でそのような場面がある)。僕の周りには職場にも友人関係にもろう者はいない。この日のあらゆる光景がとても新鮮だった。

その後は香港映画「私たちの話し方」が全国ロードショーに先駆けて公開され、上映後にははるばる香港からアランを演じたマルコ・ンをゲストに迎え、アフタートークも実施された。映画の感想は改めて書くつもり。入場料は1200円(映画代も込み!)。この安さは京都市の協力があってこそだと思うが、これだけ安いと、多くの人が参加することが出来る。本当によいイベントだった。参加してよかったと思う。

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