フィルム・レビュー:
『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)
確かにこれだけの映像表現が可能であれば、 120分をまるっと山王戦で通す方法もあったかもしれない。 それだけの映像インパクトはあるし、 スラムダンクの映画化を楽しみにしていた当時のファンを十分に喜 ばせることは出来ただろう。 けれども連載終了時から30年近く経った今、 それだけをすることにどれだけの意味があるのだろうか。
確かにあのスピード感や立体的な動きを再現できたことには驚く。 しかし技術は日々進化する。今は驚きの目で見られた表現でさえ、 10年後20年後にはそれを上回るものは必ず出てくる。いずれ、 あの時は凄かったね、で終わってしまう。あの『 ジュラシックパーク』や『マトリックス』 が人々の記憶に残っているのは単に映像表現が凄かったから、 だけではないのだ。
ではこの映画にその深みを与えているものは何かと言えば、 それは間違いなく宮城リョータの家族をめぐる物語。 もう一人の主人公はリョータの母親ではないかとさえ思えるような 、極力セリフを配した丁寧な描写、心象風景。 これらを幾つも挟みながら殊更説明することなくただ山王との試合 に挑むリョータの肉体表現へ徐々に変換されていく様。 今まさに現在進行形でそれを目撃している私たち。
また過去を捉えた幾つもの場面は手に汗握る湘北対山王の死闘に興 奮状態にある私たち観客に落ち着きをもたらす効果もある。 緊張感はいつまでももたない。チェンジ・オブ・ペース。 まるでポイントガードである宮城リョータのように井上雄彦は映画 全体を俯瞰する。
ただ懐かしむために井上雄彦は腰を上げたのではない。これは『 バガボンド』や『リアル』を経て、 また現在の日本のバスケットボール界を見据えた、 今の井上雄彦の新作である。作家に’同じこと’ を望むなんて野暮なこと。 何故ならそれは芸術家にとって死を意味することだから。 ましてあの井上雄彦である。
『THE FIRST SLAM DUNK』は過去の焼き直しでもリメイクでもない。 今の井上雄彦が一から創り上げたリクリエイト(再創造) 作品である。きっと漫画『スラムダンク』 のように井上雄彦の作品として何十年後も残るだろう。『THE FIRST SLAM DUNK』は決して、あの時は凄かったね、で終わらない。