『佐野元春 & THE COYOTE BAND ZEPP TOUR 2021』 2021.11.25 ZEPP NAMBA 感想

『佐野元春 & THE COYOTE BAND ZEPP TOUR 2021』
2021.11.25 ZEPP NAMBA
 
 
デビュー40周年の記念公演を終えた佐野とバンドは、来春に予定されている新しいアルバムの制作を続ける中、横浜、東京、名古屋、大阪のZEPPを回る小規模なツアーに出た。この日の大阪でのライブはその千秋楽になる。とはいえこちらの心構えとしても大それたものはなくリラックス、あるとすれば今後の佐野の活動の糸口を窺えるかも、そんな気持ちだ。
 
そんな中鳴らされた1曲目は『COMPLICATION SHAKEDOWN』。しかも佐野は派手に彩色されたキーボード(?)に位置している。この時点でこのツアーの特色を表している。続くは『STRANGE DAYS~奇妙な日々~』。いずれも80年代の曲だ。「この夜の向こうへ突き抜けたい」という歌詞に続き、通常なら「ヘヘイヘイ!」とレスポンスする流れだが今のご時世、そうはいかない。ただ「夜の向こうへ突き抜けたい」というのは間違いなく今の気分。それを声高に歌いたくなるのは心情だ。
 
3曲目『禅ビート』、4曲目『ポーラスタア』と続き、ここからはコヨーテ・バンドとの作品群かと思いきや、始まったのは1984年のアルバム『VISTORS』からの表題曲。ここまでの4曲は明らかにCOVID-19を意識してのもの。それを受けての『VISTORS』。この曲の最後のラインは「This is a story about you (これは君のことを言ってるんだ)」。毎日流されるCOVID-19関連のニュース、それはあまりにも規模が大きくこうも続けば自分たちのことでありながらも感覚は麻痺してくる。まして感染していない者は尚更だ。しかしCOVID-19は感染している、していないではない。我々はこの間、このウィルスに翻弄され続け、目に見えない傷をいくつも負った。佐野は歌う、「This is a story about you 」と。
 
続く『世界は慈悲を待っている』の後はパンデミックの間、積極的にリリースされたいくつかの新曲が披露された。その中でも最新の曲、『銀の月』は今のバンドの勢いを象徴する曲だ。今やコヨーテ・バンドは彼らにしか為しえない音を出している。2本のギターがリードする派手な曲だが、それは威勢よくケツを蹴り上げるものではない。うなだれた人々への優しいまなざし。銀の月、それは涙、若しくは魂とするならば、邪険にされがちな弱者のそれらが良き道筋を照らす。そういう意思がここにあるような気がした。
 
『銀の月』の後は、来るべきニュー・アルバムに入れる予定だという新曲『斜陽』が披露された。人生という長い坂を下りていくイメージのこの曲は2019年にリリースされたアルバム『或る秋の日』を思わせるシンガーソングライター色の強い曲だ。『或る秋の日』は個人的側面が強い(佐野個人と言う意味ではなく)ためアルバム収録を見送られていた幾つかの曲がまとめられたアルバムだ。つまりこれまでの流れで言うと、『斜陽』もコヨーテ・バンド名義のアルバムには収録されない方向となる。しかし来春のアルバムに収録予定だという。これは何を意味するのか。
 
今回のツアーはここ最近のライブ同様、コヨーテ・バンドとの曲がメインになると思っていた。しかし冒頭の『COMPLICATION SHAKEDOWN』はじめ、コヨーテ・バンド以前の曲も多く演奏されている。勿論これまでのライブでもそうした曲が演奏されることはあったが、明らかに今回は感触が違う。そこには継ぎ目がない、ただコヨーテ・バンドが演奏する曲として機能しているのだ。これは劇的な変化である。何気ない小規模なツアーではあるが、もしかしたら大きな意味を持つ瞬間を観ているのではないか。そんな思いがした。
 
コヨーテ・バンドのオリジナリティが発揮される中、それを象徴するのが中盤に演奏された『La Vita e Bella』と『純恋 (すみれ)』だ。かつての『Someday』や『約束の橋』のような決定的なキラー・チューンになりつつある。ていうかもうなっている。それにこの2曲は手拍子がよく映える。それはコロナ禍ならではかもしれないが、このバンドでも観客が一気に沸き立つ特別な曲が出来つつあるのだ
 
この後ライブは『エンターテイメント!』からアルバム『BLOOD MOON』からの辛辣で愉快な曲をいくつか交え、本編のラストは『INDIVIDUALISTS』、コヨーテ・バンドとの曲をクラッシックスが挟む形で終了した。
 
今回のライブで感じたのは境目が無くなりつつあるということだ。かつてはコヨーテ・バンドとの曲と所謂元春クラッシックスとの間に境目があった。またシンガーソングライター色の強い曲は見送られた。今や彼らはその境目を全く自由に闊歩している。確固たる存在としてのコヨーテ・バンド。それを確信したのが、アンコールで演奏された『悲しきレイディオ』だ。
 
この曲は言い方は悪いが、若いころの佐野を象徴する曲だ。この曲での大掛かりなメドレーに若い僕たちも歓喜した。けれど年を重ね、僕は昔ながらの『レイディオ』が流れることを素直に喜ぶことが出来なくなっていた。けれど今夜のそれはとても楽しかった。いや、あのイントロを聴いた時、思わず笑ってしまった。恐らくそれは本編を通して、コヨーテ・バンドがそういう境目を取っ払ってくれたからだ。
 
僕たちはCOVID-19の只中にいる。それはネガティブなことかもしれない。ではその向こうには何があるのか。ポジティブな光なのか。いやそんなことはない。物事は絶えず混じって進んでいく。COVID-19の只中にも光と闇は存在し、COVID-19の向こうにも光と闇は存在する。この日のライブがそうした混じりあいを示唆していたと大袈裟なことは言わないが、僕にそのことを気付かせる働きかけはあった。「やがて闇と光とがひとつに包まれるまで クロスワードパズル解きながら今夜もストレンジャー This is a story about you」(『VISTORS』)。これからも僕たちは色々なことが混じり合う世界を生きてゆく。
 
ちなみに。。。『レイディオ』中盤でスローダウンするところ、歌詞の順序がぐちゃぐちゃになりました。どう立て直すのかなとニヤニヤして観ていると、佐野さんが「さっきも言ったけど、もう一度、、、この素晴らしい大阪の夜!」と叫んだりして、おっかしかったです。長年共にしてきたミュージシャンとファンならではの愉快な光景がそこにはありました。

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