Notes On A Conditional Form/The 1975 感想レビュー

洋楽レビュー:

「Notes On A Conditional Form」(2020年)The 1975

(仮定形に関する注釈/The 1975)

 

 

前作の「ネット上の人間関係についての簡単な調査」(2018年)が外へのメッセージがふんだんに盛り込まれた大作だったし、今回の「仮定形に関する注釈」は「ネット上の~」と対となる作品だなんて聞かされていたものだから、なんとなく、よし次も大作が来るぞなんて構えてしまっていたけど、リリースされて1か月以上経った今思うのは、この作品はそんな肩肘張ったものではなく、彼らの日常からポロリと零れ落ちた諸々の日々を歌う何気ないアルバムなんだなということ。

このアルバムは前作にも増してサウンドがあちこちに飛びまくって、いきなりグレタ・トゥーンベリのスポークン・ワーズで始まったかと思えば、マット・ヒーリーが喉がちぎれんばかりに叫びまくって、その後には一転して壮大なストリングスによるインスト、そんでもって心の弱さを歌う軟弱なエレクトリカルが続いたりと、サウンドだけじゃなく歌詞の方も行ったり来たり、心の円グラフがスピードを変えてあっち行けばこっちにぶつかるようなめまぐるしい展開をしていく。

ただ確かにこれは一般的にはめまぐるしい展開ということになるんだろうけど、実際にはそんなめまぐるしいなんて思わないし、至って自然に僕たちの心にストンと収まる。それは何故かって、やっぱり僕たち自身があちこちに飛びまくる心の持ち主で、心の有り様はいつも同じところに留まっているわけじゃないからだ。

今多くの人がSNSで色々なことを発言しているけど、多分それはいつも同じ内容ではなくて、調子のよい時もあれば具合が悪い時もある。政治的なことを言っちゃう日もあればくだらない痴話を言ってしまう日もあるだろう。自然災害がこれだけ続けば環境問題だって気になるし、レイシズムは絶対嫌だし、もっと自然に生きていければいいのなぁと思ったり、自分がとことん嫌になって沈んじゃう日もある。でもそれも特別なことではなく当たり前の日常。で僕たちはそれを殊更隠し続けたりしない。もうマッチョである必要はないのだから。

つまりはこのアルバムはあのThe 1975が出した「ネット上の~」に続く続編!ってことで大騒ぎをするような代物ではなく(もちろん大騒ぎするのは楽しいけど)、その正体は彼らの中にある毎日のいろんなことを考える気持ちを少しずつ切り取った雫のようなアルバムだったということで、面白いのはそれが僕たちの日常ともかぶさってくるという点だ。

マット・ヒーリーは自分の体験をもろに歌う人なんだと思うけど、今回はそこに僕たちが入っていける余地が大いにあるというか、もちろん僕はクスリをやったことはないし、知らない子とキスしたりしたこともないけど、あぁこれ分かるなって余地がふんだんにあって、それはやっぱりマット・ヒーリーの言葉に向かう姿勢に変化があったからなんだと思う。自分のことであってもすごく誰かの物語感が強くなった気はするし、距離感は微妙に変わってきている。グレタの声で始まって最後はバンド・メンバーのことを歌って終わるっていうのは象徴的なんじゃないかな。単純に言葉が近くなったなぁと思います。

それともう一つ。図らずもそのグレタ・トゥーンベリがスポークン・ワーズで語っているように僕たちはもう色々なことをはっきりと言うべき時に来ているということで、それは決して誹謗中傷という意味ではなく、はっきりと良くないものは良くないと言わなければならないということ。今までのように悪いことをうやむやにしたり、良いことに知らないふりをしたり、よくある大人の見識としてやっぱりこれはアレだからアレにしようとか言ってなんとなく灰色になっていくというやり方はやっぱ失敗だったよって。

でとっくにThe 1975ははっきりと語っている。お前節操ないなと言われようが今思うところをはっきりと語っている。そりゃ時には間違っている場合があるかもしれないけど、その時は訂正すればいいという自由なスタンスで今思うところをはっきりと述べている。このアルバムは僕たちの日常に即して今起きつつあるそうした変化を一つ一つ丁寧に語っていくという一面もあるような気もします。

大事な事というのは知らぬ間にやって来て知らぬ間に過ぎ去ってしまう。変化というのは気付かぬうちに起きているのだとすれば、この「仮定形に関する注釈」はその静かな変容についてのアルバムなのかもしれない。

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