呪文 / 折坂悠太 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『呪文』(2024年)折坂悠太
 
 
なんといっても歌詞がいいですね。#1『スペル』の最後なんて「いとし横つら、魂、ディダバディ」ですから。これだけだと何のことか分かりませんが、そこに至るまでに生活感のある丁寧な描写があるから、「いとし横つら、魂、ディダバディ」でもちゃんと意味が立ち上がってくる。しかも限定していないから、人によってどうとでも受け取れる自由さがある。この辺りのふわっとした抜けの良さは流石です。詩人茨木のり子の言葉に、よい詩というのは最後に離陸する、というものがありますがまさにその通りですね。
 
あと言葉とメロディの関係、とても気持ちがいいです。#2『夜香木』の出だし、「夜香木の花が咲いて」というくだりから始まる一体感。初めから言葉にメロディが備わっていて、それを自然な形で抽出したかのような見事な表現です。で、1曲目2曲目と聴いてきて、おや、と思うところがある。物凄く小さな世界が描かれているんですね。作者自身のという事ではないと思いますが、身の回りの事を丁寧に描いていく。これはアルバムを最後まで聴いていって分かることなのですが、やはり暗い世相、そこに対して日常が脅かされる、そんな空気が作者を日常の丁寧な表現へ向かわせたのかな、そんな風にも思います。
 
それが露わになるのが#7『正気』。論破とか地頭といった言葉が飛び交う世の中で、いや、そうじゃないんですときっぱりと言うんだけど、その中にもちゃんと鍋に立てかけられたプラッチックのお玉の描写があり日常が添えられている。そしてその延長に「戦争はしないです」という言葉が繋がっていく。とても大事なことがここでは描かれているように思いますが、その曲のタイトルは『正気』なんですね。そういうものが簡単に奪われていく、大丈夫だと思っていても集団として個人としてあっという間に正気が奪われていく、その静かな恐怖が背後に横たわっているような気がします。
 
アルバムの最後を締めるのは#9『ハチス』。マービン・ゲイを思わせるようなソウル音楽というのがとてもいいです。いろいろあるけど「君のいる世界を好きって僕は思っているよ」と根はポジティブに、そんな心境が歌われます。逆に言えばそう歌わざるを得ないという事だとも言えますが、とにもかくにも日常、その大切さなものがいとも簡単に消えてしまう恐れ、そうしたものを抱えながら僕たちは生きている、そういうことをリアルに感じざるを得ない世の中になってしまったけれどそのしんどさを直接的に歌うのではなくソウル音楽に閉じ込めることで、他者への優しさや思いやりに立ち返ることが出来る。アルバムを総べる曲なのだと思います。
 
 

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)