ENTERTAINMENT! / 佐野元春 感想レビュー

 
『ENTERTAINMENT!』(2022年)佐野元春
 
 
佐野はコロナ禍の中でもできうる限りの活動を続けてきた。’Save It for a Sunny Day‘プロジェクトと称し、その中からシングルをリリース、全7回におよぶ動画配信やグッズ販売、可能な範囲でのコンサートも行い、このプロジェクトで得た収益の一部はコロナ禍で困窮している音楽関係者への基金として役立てた。中には寄稿文募集というファン参加型の企画もあったりして、もしかしたらコロナ以前よりも旺盛な活動であったのではないかとも思う。そんな2年を僕自身はどう過ごしてきたのか。この間リリースされたいくつかのシングルを含むこのアルバムを聴いて、僕はそんなことを考えていた。
 
僕たちの暮らしは大きく変わった。密なコミュニケーションは避けられ、人と人は距離を保ち、僕たちは息をひそめるように語り合った。もう慣れた。そうかもしれない。僕たちはいろいろな息苦しさにその都度折り合いをつけ、こんなことは今だけだと自分に言い聞かせながら、いつか元に戻るさという頼りない楽観性で心の平衡を保っていた。けれど気付きつつもある。もう元には戻らないことを。
 
ただ、だからといってどうなのか。殊更悲観的になるだろうか。未来に絶望するだろうか。そんなことはない。どう転がろうが、もう元には戻れないと知りつつ、相変わらずなんとかなるさと日々をやり過ごすことしか僕たちにはできないけれど、そうやってストレスの角を少しづつ丸めていく自己防衛能力が僕たちにはちゃんと備わっている。僕たちにできることはこの無邪気なオプティミズムを支持し続けることではないか。
 
#3『この道』では何度も「いつかきっと」と歌われる。言葉巧みな作家が「いつかきっと いつかきっと 夜が明ける その日まで」と他愛のない希望を綴っている。#5『合言葉 – Save It for a Sunny Day』では「古い世界 蒼い未来 何処へもゆけない」と歌いつつも僕たちに「まだチャンスはあるよ」と元気づけてくれた。#10『いばらの道』では北原白秋の「この道」を引用することで過去への広がりを喚起させつつ、「明日になれば 明日になれば 悲しいことも 忘れるよ」と祈ってみせた。そして#7『東京に雨が降っている』では再び「濡れた街を歩いて行こう」と呼びかける。
 
僕たちは他愛なさの中にいる。もちろん、その時々で辛いこと、しんどい時期はあるけれど、なんとか頼りがない希望を胸にやり過ごしてきた。そしてこの危機に及んで僕たちが選んだこともやっぱりこの他愛ない無邪気な希望ではなかったか。そんなことでシリアスな現実は乗り越えられない、ウィルスに打ち克つことは出来ないと物知り顔は言うだろう。でも僕たちは打ち克とうなんて思っていない。もちろん、乗り越えられたら嬉しいけど、とにもかくにも僕たちはサバイブしていかないといけないのだから。
 
コロナ前にシングル#1『エンタテイメント!』がリリースされて、コロナになってリモートで制作された#3『この道』が急遽無料で公開されて、#5『合言葉 – Save It for a Sunny Day』があり、コロナ2年目に#4『街空ハ高ク晴レテ』が配信されて、久しぶりのコンサートで#2『愛が分母』を聴いて、今僕は新たな5曲が追加されたアルバムを聴いている。アルバムとしてどうなのかというシビアな目で見れば、この『ENTERTAINMENT!』アルバムはこれまでのコンセプチュアルな佐野のディスコグラフィーの中では見劣りするかもしれない。でもそれは次のアルバムに期待すればいい。今求めるものはそこじゃない。リスクは承知で、避けては通れない道を佐野はちゃんと選んだのだと思う。
 
いつか時間が経ってこのアルバムを聴いた時、僕はきっと思い出すだろう。この2年、僕がどう過ごしてきたかを。このアルバムはその記憶だ。僕たちが歩んできたコロナ禍とは何だったのか、という一般論ではなく、僕自身がどう過ごしてきたのかという個としての記憶。もちろん、これらの歌の主人公は僕ではないけれど、僕もまたそこにいたのだ。
 
 
追記:
今、僕たちが慎重に事を運んだこの2年を根本からひっくり返すような事態が起きている。この戦争に対し、日本人である僕たちはどうすべきか、多くの人が心の中に小さな泡立ちを感じながら、学校に行き、会社へ行き、家の用事をして、いつもの日々を過ごしている。難しい顔をしたところで何も変わらないと知りつつ、全く無茶苦茶な角度からいつミサイルが飛んでくるともしれない世の中で、僕たちはいつまでこの無邪気なオプティミズムを更新し続けることができるのだろうか。

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