天才の愛 / くるり 感想レビュー

邦楽レビュー:
 
『天才の愛』(2021年)くるり
 
 
先日、中1の息子が谷川俊太郎の『朝のリレー』を持ってきた。学校のテストで出たんだけど、よく分からないと。けれど僕は考え込んでしまった。なぜなら詩は人によって受け取り方が違うから正解なんて言えない(笑)。なのに問題文はここはどういう意味だ?とか、作者がここで言いたいことは何だ?とか言う。こういうところが子供から詩を奪うんだよなぁと思いつつ、そんなことを息子に言ってもしょうがないから、これが一般的な答えかなぁというのをその理由と共に伝えました。
 
詩はそもそも論文でも作文でもない。簡単に言えば、好きに受け取ってしまえばいいし、必ずしも言葉を一つ一つ追いかけて論理的に理解する必要はないわけです。そこのところのスタート地点に立った時、『天才の愛』は僕の中で俄然輝きを放ち始めました。
 
『天才の愛』、タイトルからして分からないですよね。1曲目の『I Love You』だってこんな分かりやすいタイトルだけど、「杯になれ 灰になる I Love You」はどういう意味かを問われれば答えに窮します。2曲目『潮風のアリア』だってそう。しかも大らかな『潮風のアリア』の次に「かっとばせ!かっとばせ!」ですよ、全く分からない(笑)。『益荒男さん』、「デゼニランド」、なんのこっちゃ?「my guiter、スルスルneckを滑らすnylon弦」と来て、「昔々人類は…」ですよ!僕も最初はこれらの歌詞を理解しようとしたんですけどやめました(笑)。ていうか気づきました。細かい理屈は要らないって。
 
僕たちは言葉に支配されてしまっているような気がします。もっと自由でいいのに。理解を放置する、思考を捨てて身を委ねる、そういうところに戻ってもいいのかなって気がします。つまり、ぼーっと聴けばいい(笑)。だってくるりは言葉だけを構築しているのではなく、サウンドを含めた曲全体を構築しているんですから。で、凄いことにそれらすべては並列していて、『潮風のアリア』の大らかなストリングスも『ことでん』の愛らしいピロピロ音も『益荒男さん』の「オッペケペッポー」も同じ地平にあるのです。
 
インタビューで岸田さんが『天才の愛』は弾き語りではできないと仰ってました。そうですよね、この『天才の愛』は言葉もメロディもサウンドも全てひっくるめて『天才の愛』なんです。どこかを抜き出して表現できないということは、聴く方にしたって、どこかを抜き出して聴くことなんて出来ないのです。
 
 
ですので、僕は頭で理解することをやめました。そうするとだんだんと全体像に耳は傾きだした。思考を捨てて身を委ねると、景色が目の前を通り過ぎて歌が動き出す。論理を超える、サウンドがそれを補強する、その心地よさ。あぁ『渚』は通り過ぎてくなぁ~。
 
だから『天才の愛』を僕は詩のように聴いています。論文ではないんですから、細かいことは気にしません。沢山の音が入ってますよね、遊園地のように。そういえばうちの高2の娘が『益荒男さん』と『大阪万博』がスピーカーから流れ出た時に「これ、ディズニーランドで流れてる曲みたい」と言いました。娘は曲のさわりだけを聴いてそんなこと言ったので僕は「おぉぉ、慧眼や!」と興奮したのですが、ま、それは横に置いといて(笑)、『天才の愛』は思考をゼロにして、ダイレクトに受け取りたい、論理を飛び越えて鳴る音楽に身を委ねたい、そんな感じです。
 
『天才の愛』は名作です!とか言いながら、僕はくるりのアルバムを聴くのはこれが初めてです(汗っ)。くるりと僕は世代が近いんですね。その同世代が、このコロナ禍で何を歌うんだ、というところが気になって今回初めてくるりのCDを手に取りました。ところがアルバムを聴いて、そんな僕の期待はすっかりはぐらかされた。そんなところはとうに飛び越えた音楽がここにはあったんです。
 
僕は新しい音楽を知りました。嬉しい気持ちでいっぱいです。くるり初心者の僕は彼らのキャリアの中でこのアルバムがどういう意味を持つのか知りません。でも僕の中で2021年に出たこのアルバムはしっかりと記録されました。今まで無かった新しい回路が開いた感じ。 この年になってそんな感覚になるなんて思いもしませんでした。僕は俄然くるりが好きになりました。

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