TIME OUT! / 佐野元春 感想レビュー

『TIME OUT!』(1990年)佐野元春
 
 
『僕は大人になった』という曲が好きだ。特にどうと言うこともない曲だと思うけど、佐野自身も好きなのかよくライブで演奏する。昔からのファンはこの曲と『ガラスのジェネレーション』を結びつけてしまうようだけど、後からファンになった僕には関係ない。単純にこの曲の軽さが好きだ。
 
僕はそろそろ50が見えてきて完全なる大人だけど、じゃあ本当にそうかと言われれば随分と心もとない。多分、僕がこの曲を好きなのはその心もとなさがうまく表現されているからだろう。難しい文句を重ねるわけでもなく、「壊れた気持ちで翼もないまま どこかに飛んでゆくのはどんな気がする」とシャウトし、「とてもイカしてるぜ」と結ぶ。とてもいい加減な曲だ。そこがすごくいい。
 
今気づいたが、’飛んで’と’どんな’で頭韻を踏んでいる。こういう跳ねた表現がそこかしこにあるのもこの曲の魅力だ。ていうかこのアルバムはずっとそんな感じだな。なんにしてもこの何気なさにはやられる。
 
80年代の佐野は外に向かっていた。特に『VISTORS』(1984年)以降はその傾向が強い。しかしこの『TIME OUT!』にはその気概が感じられない。時代背景もあってかバブルに浮かれた世相を冷ややかに見ている視点もあるけど、それもちょっと投げやり。らしくない。それどころか佐野自身のプライベートな声がここにある。
 
佐野は自身の喜怒哀楽を歌に表さない。滲ませているかもしれないが、基本的には’自分ではない誰かの視点’で曲を書いている。けれどこのアルバムでは佐野の生な声が聞こえてくる。もちろん自分ではない誰かのストーリーに仕立ててはいるけど、自虐的に面白おかしく内面を吐露させているように思える。そんなアルバムは現時点においても唯一この作品だけだ。『VISITORS』(1984年)、『Cafe Bohemia』(1986年)、『ナポレオン・フィッシュと泳ぐ日』(1989年)とそれ自身ダイナモのようにエネルギーを発する怒涛の作品群と来て、一気にトーン・ダウンの『TIME OUT!』。あの佐野元春にもこういう作品があるんだな。なんかこのアルバム、レアだぞ。
 
この頃は wowow でのアンプラグド・セッション『Good Bye Cruel World』(1991年)もあったりと、自身のバンド、ハートランドとの距離が更に濃くなっていく時期だ。海外を活動の拠点にしていた佐野が90年代に入ってからはハートランドとの時間を密に取っていく。1993年の『The Circle』を最後にザ・ハートランドは解散するのだけど、その頂きに向かって再スタートを切った時期と見ていい。
 
そのピークを迎えていく『The Circle』や『Sweet16』(1992年)での躍動するハートランドも素晴らしいが、この『TIME OUT!』での演奏も地味に目を見張るものがある。いや、ハートランドとTokyo Be-Bop のメンバー一人一人の顔が見えるという点で言えば、むしろこのアルバムかもしれない。完全なるザ・ハートランドお手製アルバム。 あぁ、『Good Bye Cruel World』も音源化してくれないかな。
 
それにしてもこの頃の佐野元春はキレキレだ。活動的にはトーンダウンした時期かもしれないけど、前作から1年しかインターバルがないように創作力は旺盛だ。言葉の妙と言い、その載せ方といい、AメロBメロサビ的なパターンを無視したメロディといいオリジナリティーに満ちている。これは完全に80年代の果敢なトライアルの成果だろう。逆に肩の力が抜けていい感じ。#10『ガンボ』での「あれ、片っぽの靴下がどこにもないだろう」のラインが最高過ぎる。
 
ところでこのアルバムをフォローしたツアーを収録したビデオがあって、6曲しか収録されてなかったんだけど、『クエスチョンズ』とかテンポアップした『愛のシステム』とか見事な佐野元春 With The Heartland ぶりを見ることが出来る。ビデオには収録されていないけど、Youtubeにはビートルズの『Revolution』のカバーがアップされていて、シャウトしまくりの異様にかっこいいこの時期の佐野の姿が捉えられている。 『Good Bye Cruel World』と合わせて、『TIME OUT!』ツアーの長尺パッケージ化も切に望むぞ!
 
随分と昔に佐野がこのアルバムを’ホーム・アルバム’と称していたけど、今改めて聴くとなんとなく分かる気がする。昔からのファンには重いアルバムのようだが、いやいや『VISITORS』~『ナポレオン~』期の方が断然重いでしょう(笑)。僕は純粋にこのアルバムを楽しめている。こりゃ後追いファンの特権だな。とはいえこの時の佐野は33才。とは思えない大人なアルバムだ。

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