洋楽レビュー:
『Letter To You』2020)Bruce Springsteen
(レター・トゥー・ユー/ ブルース・スプリングスティーン)
ブルース・スプリングスティーンの新作が届いた。昨年の『 Western Stars』 アルバムから短いインターバルでまた新作が聴けてとても嬉しい。 でもEストリート・ バンドの全面参加となると2012年のアルバム『 Wrecking Ball』以来だから随分と久しぶりだ。
ここ数年ブルースの新作はいろいろな形で発表されてきたし、 Eストリート・ バンドと言ってもずっと昔から聴きなれたサウンドなので、 特に感慨はなかったんだけど、 実際CDをトレーに置いてEストリート・ バンドをバックに歌うブルース・ スプリングスティーンを聴くとやはりワクワクする。 改めて僕はこのサウンドが好きなんだと実感する。
Eストリート・バンドを特徴づけているのはクラレンス・ クレモンスのサックス。それにロイ・ビタンのピアノとダニー・ フェデリーシのオルガンも大きなポイントだ。残念ながらビッグ・ マンとダニーはもういないけど、今のチャーリー・ジョルダーノもいかにもなオルガン・プレイを聴かせてくれている。ロイ・ ビタンのピアノとチャーリー・ジョルダーノのオルガンからいつものフレーズが聴こえてくると胸が高鳴る。 キーボード2台ではなく、 ちゃんとピアノとオルガンというのが嬉しい。
本作は昨年の秋にたった5日間でライブ・ レコーディングされたらしい。 それでこれだけの完成度なんだから流石のキャリアと言うしかない 。ただスケジュールの都合でビッグ・マンの甥、ジェイク・ クレモンズのサックスが少ないというのが本作で唯一の残念なとこ ろ。5曲目の「Last Man Standing」でようやく聴けるジェイクのサックスは「 よっ、待ってました!」と思わず言いたくなる。続く#6「The Power of Prayer」でのブロウ・アップも最高。 やっぱりEストリート・バンドはこれがないとな。
前作の『Western Stars』もそうだったけど、 ブルースのソングライティングはこのところシンプルでメロディア スなものになっている。 新しいことをしようという力みもなく素直なメロディで、 このアルバムもよい曲ばかりだ。うん、ホントどれもいい曲。 実はここ数年バンド用の曲が書けなくなったという問題を抱えてい たらしいけど、齢71才にして創作はまた新たな山を迎えている。
全12曲のうち、3曲が初期に書かれたものだそうだ。 その3曲は初期感がありあり。 特にリリックはあの頃のエネルギッシュで雑多な感じが出ていて「 そうそうこんな感じだった」と思わずニヤけてしまう。#4「 Janey Needs a Shooter」なんてまんま1978年の『闇に吠える街』 に入ってそうだし、#9「If I Was the Priest」 はディラン風ボーカルをめいっぱい楽しんでいるようだ。 当時を思い出してかブルースの熱量も幾分か上がっている気がする 。3曲ともゆったりとした曲で、Eストリート・ バンドぽさ全開だ。
ブルースももう71才。ビッグ・マンはいなくなったし、 ダニーもそう。 最近はデビュー前に地元で組んでいたバンド仲間との別れもあった そうだ。心が引き裂かれただろう。落ち込んだだろう。 もしかしたら今もまだそうかもしれない。 けどブルースはここでこう歌っている。彼らは心の中にいる、 いつもそばにいる、 そこに実態はなくても呼べばまたいつものようにセッションできる 。そういう心境の中で初期に作った曲を今改めて披露するというのはやは りブルースなりの意味があるのだと思う。
その手掛かりになるのはオープニング曲の「One Minute You’re Here」ではないか。「 One minute you’re here / Next minute you’re gone」。自らを育んだ大切な出会い。今ここにいると思ったら、次の瞬間もういない。 逆に言えばこの感慨があるからこそ、 まだ傍にいると感じられるのかもしれない。 自然な態度としてそういう感覚がブルースの元にやってきて、 それを自然に受け入れている、そういうことなんだと思う。
アルバム屈指のロック・チューン#10「Ghosts」 ではこんな風に歌っている。「 I hear the sound of your guitar(あなたのギターが聞こえてくる)」、「It’s your ghost / Moving through the night(それは夜を突き抜けるゴースト)」「I need,need you by my side(あなたが必要、私のそばに)」。そして「I can feel the blood shiver in my bones(骨の中で血が震えるのを感じる)」。 そして感動的なのは最後のライン、「I’m alive and I’m comin’ home(私は生きている、そして家に帰る)」。 そしてそれは#1「One Minute You’re Here」の「Baby baby baby / I’m coming home」にも繋がっていく。
このアルバムはブルースから僕たちへの手紙だ。 サヨナラは寂しいことじゃない。 大切な人はいつまでも心に生き続ける。 サヨナラが来たとしてもまた夢の中で会えばいいのだ。でも今はまだ「 I’m alive 」、これほど心強いことはない。