『SWEET 16』(1992年) 佐野元春
前作『TIME OUT』(1990年)のモノトーンから一転して、 快活なダンス・ナンバーで始まるこのアルバムに、佐野がメイン・ ストリームへ帰還したのだと期待値を膨らませたファンも多かった ろう。しかしそのオープニング#1『Mr.Outside』 は「償いの季節」という幾分深刻めいた言葉で始まる。
佐野はデビュー以来、ずっとファンに寄り添ってきた。途中、 ニューヨークに行ったりロンドンに行ったり、 旧来のファンが戸惑う場面もあったけど、 初期の十代の少年少女のためのロック音楽を経て、 社会に出て大人になっていく彼彼女たちにずっと寄り添ってきたと 言っていい。簡単に言うと「つまらない大人にはなりたくない」 というフレーズに代表される初期のファンとの約束に、 その時々の音楽的な変遷はあるにせよ、 基本的にはずっと向かい合ってきた。
しかし人は年を取る。 厳しい現実をやり繰りしていかなくちゃならない。 もちろんそんな時でも「つまらない大人になりたくない」 という言葉は有効だ。 けれどそれは青い一元的なものであってはならない。 僕たちは次々とやってくる困難に直面し、 乗り越えたり乗り越えられなかったりしながら、 何とか日々をサバイブしてきたのだ。 佐野の音楽をずっと応援してきた聴き手が「 つまらない大人になりたくない」 だけでは済まないことを知りつつある中、 このアルバムはリリースされた。 簡単に言ってしまうとこれは青い理想を抱えた少年期青年期と決別 するアルバムだ。
鮮やかなジャケットも眩しい快活なポップ・ アルバムではあるけれど、 その実はサヨナラのアルバムと言っていい。 あまり顧みられないが、 佐野のキャリアにとって重要な分岐点となったアルバムではないだろうか 。
けれど佐野はいきなり表立ってそうした声明を振りかざしたりはしない。 #2『Sweet16』 はバイクにまたがる少年の颯爽としたストーリー。 ここで佐野は景気よくバイクのセルを回す。 それは長年のファンに向けた佐野のやさしさと言っていい。
次曲の『Rainbow In My Soul』は「あの頃」 というフレーズが頻発するナイーブな曲だ。 佐野のキャリアでも珍しい類の曲だろう。 しかし僕は幾分湿っぽいこの曲の肝は「サヨナラ、ブルー・・・」 と続くアウトロだと思っている。 少しわかりにくいかもしれないけれど、 佐野はここで若き日の憂いにサヨナラを告げている。 それもはっきりと手を振り払うようにではなく、 そっと指先から遠のいていくように。
アルバムの後半はそれが顕著になってくる。 8曲目なんてタイトルが『Bohemian Graveyard』、墓場だ。 しかしここで佐野はボヘミアンの墓場で陽気に歌う。「 ボヘミアン」、そこに「まるで夢を見ていたような気持ちだぜ」 とサヨナラを告げる。けれど今もちゃんと「 あの子の声が今でも聴こえてくる」。 何も変わっちゃいないけど今の俺は明らかに違うんだぜ。 つまりそれが成長だ。
加えて9曲目が『Haapy End』、最後の曲が『また明日…』。 これだけ終わりを示唆するタイトルが続くのも珍しいのではないか 。しかし全体としては明るく開放的なアルバムなので、 聴いてる方はそうとは気付かない。 この辺りは幾重もの層で成り立つジャケットのチェリーパイそのも のだ。
久しぶりこのアルバムを聴くと、 言語傾向の強いアルバムだなとも思った。 もともと佐野はそういう人ではあるけれど、例えば#4『Pop Children』や#5『廃墟の街』 などは後のスポークンワーズでの活動でも採用されている。 映画の一コマのような映像的なリリックはこちらの想像力が喚起さ れてとても楽しい。それにしても『廃墟の街』での「 街には救世主たちに溢れて」とか、#6『 誰かが君のドアを叩いてる』の「街角から街角に神がいる」 というフレーズはSNS時代の今聴くとドキッとする。
あとこのアルバムにはオノ・ヨーコ、ショーン・ レノン親子との共演、『Asian Flowers』が収められている。 アルバムのテーマからは少し外れるので、ボーナス・ トラックのような位置づけになるかもしれないが、 ここでの佐野のボーカルは本作の聴き所の一つ。 この頃の佐野のボーカルの強さが楽しめる。
個人的には僕が初めてリアルタイムで聴いたアルバム。 特にこのアルバムをフォローするライブをまとめたビデオ『See Far Miles Tour Part II 』は文字通り擦り切れるほどに観た。1992年、 僕が佐野の音楽に出会った年。 僕にとっても思い出深いアルバムだ。
Track List:
1. ミスター・アウトサイド
2. スウィート 16
3. レインボー・イン・マイ・ソウル
4. ポップ・チルドレン(最新マシンを手にした子供にたち)
5. 廃墟の街
6. 誰かがドアを叩いている
7. 君のせいじゃない
8. ボヘミアン・グレイブヤード
9. ハッピー・エンド
10. エイジアン・フラワーズ
11. また明日…