Sones & Eggs(1999年)/佐野元春
2000年はちょうど佐野のデビュー20周年で、アニバーサリー・ツアーを行ったりベスト・アルバムを2枚出したりと、それっぽい活動を盛んにしていた時期だ。20周年だから新しいアルバムをリリースしてファンの皆に喜んでもらおうという佐野らしからぬ理由で作られたこのアルバムは、正直言うと焦点がいまひとつ絞り切れていない。やはり佐野は作りたい時に作るべき人なんだよなぁと思ったりもするが、この頃は単に佐野自身の創作活動としてもあまり明確なビジョンを持てなかった時期だったのかもしれない。
このアルバムで佐野がチャレンジャブルだったのは楽曲そのものというより、創作方法というプロセスだ。元々佐野は日本全体で5番目という速さで自身のサイトを立ち上げた程のコンピューター・フリーク。80年代中盤から行っていたスポークン・ワーズにおいても、自身がコンピューターで作り上げたトラックに乗せて詩を朗読している。この時の佐野はその表現方法をメインの創作、ポップ・ソングの領域へと押し広げてみようとしたのだろうか。というより単に一度は取り組んでみたかったアイデアだったのかもしれないが、そういう意味では、当時のバック・バンドであるザ・ホーボー・キング・バンドと共にウッドストックまで出向き徹底的にバンド・サウンドにこだわった『The Barn』(1998年)の後というのはちょうどよいタイミングだったのかもしれない。
しかし結果的に言えば、そのトライアルは上手くいかなかった。佐野はサウンドをよく乗り物に例える。フォークであろうがロックンロールであろうがヒップホップであろうが何でもいい。言葉とメロディーを上手く乗せてくれる乗り物であれば何でもいいと。結局、この時の一人での打ち込みサウンドは佐野のソングライティングを受け止めるだけの乗り物にはなり得なかった。佐野自身も一人で作っても面白くなかったと後に冗談めかして述懐しているが恐らくそれは本心だろう。
しかし曲そのものに目を向けていけば、質の高い曲が多く収められている。佐野はライブやなんかでよくアレンジを変えて演奏するので、当時の僕はこれらの曲もいずれライブなどで新しくリアレンジしてくれたらなぁなどと思っていたが、実際に後の裏ベスト『Grass』(2000年)やカバー・アルバム『月と専制君主』(2011年)、『自由の岸辺』(2018年)でこのアルバムからの計4曲が再レコーディングされている。
本作を制作するに当たって、佐野は自身の作品のどういう部分をファンが支持してくれたのかというところに立ち返り、ファンの皆が喜んでくれるようなアルバムにしようというファン・フレンドリーな視点で制作している。それは20周年という節目を迎えた佐野のストレートなファンに対する感謝の気持ちの表れであり、キャリアで始めて過去の作品を振り返るという作業を行っている。
従って本アルバムは過去の作品を踏襲したものや、当時国内で勃興していたヒップ・ホップへの再接近などがある。特に冒頭の『GO4』はそのどちらをも意識した作りであるが、音も言葉も中途半端感が否めない。言葉が紋切型だし、前述したとおり音が弱い。残念ながらアルバム最後に据えられた、ドラゴンアッシュのKJとBOTZが手掛けたリミックスの方がよほどカッコいいと思うがどうだろう。
逆に言葉の切れ味が素晴らしいのは同じくヒップ・ホップ的なアプローチの『驚くに値しない』。かつての『ビジターズ』(1984年)の系譜といえるボーカル・スタイルで、ラップでもない歌モノでもないオリジナルの表現が立ち現われている。特に「偽善者たちの群れにグッドラックと言って~」で始まる2番からのリリックは秀逸。
このアルバムは全てを佐野一人で手掛けたわけではなく、曲によっては盟友ザ・ホーボー・キング・バンドが参加。とても素晴らしいバンド・サウンドを聴かせてくれる。そのひとつが『大丈夫、と彼女は言った』。情景を喚起させる丁寧な歌詞とそれを掬い取るバンドの演奏。特にKyonのアコーディオンが最高だ。
もう1曲のホーボー・キング・サウンドが『シーズンズ』。この曲の見せ場は何と言っても最後の1ライン、「さようならと昨日までの君を抱きしめて」とアウトロにかかる「Sha la la …」である。というよりこの部分が全てと言っていいだろう。「さようならと~」のフレーズは曲中に何度か繰り返されるが、最後のそれはそれまでとは全く異なる響きを持つ魔法の言葉となり、そしてそれは佐野の黄金フレーズである「Sha la la …」へと昇華されてゆく。この曲を初めて聴いた時は正直このベタであまりにもストレートな歌詞になんじゃこれと思ってしまったが、先ほど述べた最後のラインとアウトロでそんな気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。恐るべし、佐野の「Sha la la …」。
佐野はやはり20周年ということでどうしてもアルバムを作りたかったんだろうと思う。しかし実際にはザ・ホーボー・キング・バンドとの渾身の『The Barn』後の空白のような時期で、次へのビジョンを整理している段階である。しかもこの時期の佐野は声に変調をきたし、上手く声が出せなくなっていた。低音で歌ったりファルセットを多用し、ボーカルにおいても試行錯誤の時期である。
そういう全体的な創作において旺盛な時期ではなかったにもかかわらず、佐野は自身のスタジオに籠り、ファンの皆に喜んでもらいたいと言って一人で新しい表現へのトライアルを続けてくれた。このアルバムはその結実である。何かと凸凹の多いアルバムではあるけれど、今振り返ってみればチャレンジャブルで極めて佐野元春らしいアルバムではないだろうか。
Track List:
1. GO4
2. C’mon
3. 驚くに値しない
4. 君を失いそうさ
5. メッセージ
6. だいじょうぶ、と彼女は言った
7. エンジェル・フライ
8. 石と卵
9. シーズンズ
10. GO4 Impact