夕凪の街 桜の国/こうの史代 感想

ブック・レビュー:

『夕凪の街 桜の国』 こうの史代

 

こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』を読みました。先ず絵がすっごく上手。そんなこと言うと、こうのさんはくすぐったがりそうだけど、本当に素晴らしい絵です。決して写実ではないんだけど、ちょっとした表情とか体の動きに実に敏感な絵で、伝わってくるものがとても大きいのです。

漫画だから静止画なんだけど、ちゃんと前と後ろがあるっていうか動いてる。絵に躍動感がある。桜の国(1)で七海ちゃんが野球のノックを受ける場面があるんだけど、その時のスローイング姿だけでもずっと見てられます。背景も丁寧に描き込まれていて、広島で暮らしている時の家の中の様子や街の背景に映るちょっとした人の姿なんかもしっかりと描かれていて、そうしたところからも人の動きの前と後ろを感じられる。だから人物が立体的なんだな。そうした流れの中でセリフがあってそのセリフにも前と後ろがあってしかもそこを急がないっていうか、読み手に時間を与えてくれる。だから俳句的っていうか行間がたくさんあって、少し読んでちょっと戻ってまた読んでみたいな、そんなゆったりとした時間を与えてくれるのです。

何気ない絵なんだけど、凄く表情が豊か。だから登場人物がとっても魅力的なんです。ちょっとした微妙な表情の変化を捉えていて、そこにもやっぱり前と後ろがあるっていうか。だからちらっとしか出てこない皆実ちゃんの会社の同僚たちだってちゃんと立体的で生活があって、何気ないからこそ、さぁーと流れて行ってしまわない。場面一つ一つ、セリフ一つ一つが流れて行ってしまわないのです。

東日本大震災があって、生き残った人がいて、生き残ったのになんで生き残ってしまったんだろうって加害者の気持ちになってしまう人たちがいて。皆実ちゃんもそうでした。なんで私は生き残ったのかって自分を責めて。だからようやくそこと向き合い始めて、ようやく歩き出そうとしたある日、急に皆実ちゃんの身に起きる現実に、「てっきりわたしは死なずにすんだ人かと思ったのに」ってセリフに愕然としてしまいます。

そして時が経って。おばあちゃんやお父さんや七海ちゃんや凪生や東子ちゃんが東京にいて、いや今も日本中のどこかにまだ沢山いるんだってことが、戦争が終わって70年以上も経ってもまだここにいるんだってことが流れて行ってしまわない。まだ前と後ろがあって、現在へ続いている、夕凪はまだ続いているのだと強く感じられるのです。

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