Wrecking Ball/Bruce Springsteen 感想レビュー

洋楽レビュー:

『Wrecking Ball』(2012)Bruce Springsteen
(レッキング・ボール/ブルース・スプリングスティーン)

 

僕は十代の頃からブルース・スプリングスティーンの音楽を聴いている。以来、色々なジャンルの音楽を聴いているがここに来てやっぱ思う。スプリングスティーンの音楽はやっぱすげえ。

詩、メロディ、サウンド、ボーカル、どれをとっても超一流である。一時期、若干のスランプがあったものの、ほぼ40年間ずっとメイン・ストリームで活躍しているのは、彼が労働者階級の代弁者だとか、米国の良心だからなんていう生ぬるい感情からではない。間違いなく、他を圧倒する無尽蔵の音楽的才能が備わっているからだ。

本作においても、その音楽的才能は如何なく発揮されており、十八番の大編成バンド・サウンドからゴスペル、民族音楽、はたしてラップまで(こちらは本人ではないが)、多岐に渡る音楽性を見せており、しかもニクイことに、どこをどう切ってもスプリングスティーンとしか言いようがないサウンドとなっているのだ。

この人の場合、常に政治への異議申し立てだとか社会の闇を切り取るだとか、妙にメッセージ色の強い言われ方をするが、そんなことは芸術家と呼ばれる人たちなら当たり前で、言いたいことがあるから何かを創るわけで、スプリングスティーンにしても政治の歌だけじゃなく、実に他愛のないラブ・ソングだってたくさんある。米国の世相を反映してなんて言われても、芸術家なんだから時代と関わってくるのは当たり前なんじゃないかな。それに昔から、『ネブラスカ』みたいのを作ったり、スタイルとしてはなんら変わっちゃいないと思うのだけど、どうもこのアルバムのレビューを見ていると、怒りだとかなんとかそんな形容がやたら目に付き、世相とやたら結び付けられるので、僕なんかは、ちょっと待ってよ、こんな素晴らしいサウンドがあるのに!なんて思ってしまう。

もう純粋に音楽として素晴らしくて、長くやってるのに回顧趣味なんて一切ない一級品のロック音楽。『ウィ・シャル・オーバーカム』で取り組んだアイリッシュ・サウンドが新たな風合いを加えており、実に表情豊かなサウンドに仕上がっている。また、今回はソロ名義ということでE・ストリート・バンドだけではなく非常に多くのミュージシャンが参加しているのも特徴で、そのこともこのアルバムの印象に幅を持たせている一因だろう。

で、やっぱりスプリングスティーンのボーカル。これが実に素晴らしい。どんな素晴らしいバンドがどんな素晴らしい演奏を奏でようとも全てを統べてしまう。改めて素晴らしいロック・ボーカリストだなとしみじみ思った。

とにかく、詩の内容は横に置いといて(勿論、素晴らしいのだけど)、サウンド的にここ数年の活動を総括するような、一点の曇りもない素晴らしいロック・アルバムだ。特に表題曲の#7『Wrecking Ball』と#10『Land of Hope and Dreams』は必須です!

 

追悼:
このアルバムがリリースされる前、クラレンス・クラモンズが他界した。僕はきっとクラレンス・クレモンズ(通称ビッグ・マン)がいなければ、スプリングティーンの音楽にこれほど夢中にならなかっただろう。もちろん、ダニー・フェデリーシのオルガンだってそう。とにかくE・ストリート・バンドと共にステージを縦横無尽に駆け回る若き日のスプリングティーンに僕は心を奪われた。いつも最後にビッグ・マンを嬉しそうに紹介するスプリングティーンを見て、この人達はなんて素敵な人達だろうって、そう思った。
20才くらいのときに『明日なき暴走』のジャケットを部屋に飾りたくて、大学の図書館で拡大コピーしようとしてうまくいかなかったことがある。今回のアルバムのインナー・スリーブの最後の方にスプリングティーンとビッグ・マンのバック・ショットがあるが、1975年の『明日なき暴走』のジャケットと長い年月を経たこのバック・ショットを見て、僕は改めて素敵だな、って思った。
今回のアルバムに収められた『ランド・オブ・ホープ・アンド・ドリーム』。ここ何年か見た目にも分かるほど衰弱していたが、長年ファンの間で親しまれてきたE・ストリート・バンドそのものとも言えるこの曲では、ビッグ・マンの昔と変わらぬ素晴らしいソロ・パートを聴くことができる。今回の録音がいつのもので、どのような形でなされたのかは知らないが、とにかくあの力強く鼓舞するような、そして温かくて全てを包み込むようなビッグ・マンのサキソフォンがいつもと同じように聴こえてくる。だからこの曲が最後だからだとかそんな余計な感傷など一切持たずに聴くことができるし、きっとこれからも同じようにこの曲を聴くことができるだろう。
ビッグ・マン、たくさんの素晴らしい音楽をありがとう。僕はあなたの音楽に随分励まされました。遠い極東の島国からお礼を言います。

 

1. We Take Care of Our Own
2. Easy Money
3. Shackled And Drawn
4. Jack Of All Trades
5. Death To My Hometown
6. This Depression
7. Wrecking Ball
8. You’ve Got It
9. Rocky Ground
10.Land of Hope and Dreams
11.We Are Alive

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